yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

上田拓司師シテの能『安達原 白頭』in「神戸観世会 納会」@湊川神社神能殿12月10日

自宅から一番近い能楽会館の湊川神社神能殿には何回か行っているが、このように本格的な能公演でのものは初めて。どうしても京都観世会館が多くなってしまう。今回は納会なので、神戸の能楽師の主要な方々がうち揃われると思って申し込んだ。それもギリギリに。神戸観世会は組織自体がHPを持っていないよう。でも神戸観世会所属の笠田祐樹さんがご自分のHPでその代わりをやっておられる。関西学院大出身、27歳の能楽師さん。今回の予約も彼のHPから行った。ここに神戸観世会の年間番組一覧がリンクされている。いっそのこと、彼のHPを正規のものとされた方がいいのでは?今回の納会では『小督』でシテツレを演じておられた。これについては別稿で。

前日に京都観世会館で杉浦豊彦師の世阿弥作『山姥』をみて感激したところ。『安達原』(別名、「黒塚」作者不詳)もそれと同じく鬼女が登場するが、テーマとしては共通点は少ないように思う。ただ、『安達原』に親しみ(?)を感じるのは、歌舞伎版『黒塚』を何度も見ているから。最近では現猿之助のものをみて、感激したっけ。

シテの上田拓司さんが文句なしに良かった。当日の演者一覧は以下。

前シテ 安達原の年闌けた女  上田拓司
後シテ 安達ヶ原の鬼女    上田拓司
ワキ  山伏 祐慶阿闍梨   福王知登
ワキツレ 同行の山伏     喜多雅人
アイ   山伏の従者     茂山逸平

大鼓    河村大
小鼓    林吉兵衛
笛     左鴻泰弘
太鼓    井上敬介

後見   田中章文 橘保向

地謡   上田顕崇 関根祥丸 久保信一朗 藤谷音彌 
     勝部延和 下川宣長 上田貴弘 山田義高   

能の概要を例によって「銕仙会」の「能楽事典」からお借りする。ありがとうございます。

諸国行脚の山伏一行(ワキ・ワキツレ)が奥州安達原に至ったところ、日が暮れたので、近くの庵に宿を借りようとする。庵に住む女(前シテ)は一度は断るが、一行を不憫に思い泊めてやる。女は一行のために賤女の営みである糸車を使って見せつつ、人間界に生まれながら仏道を願いもせず心の迷いのままに生きてきた過去の自分を悔やみ、わが人生の空しさを嘆く。女は一行に暖を取らせるため薪を取りに出るが、留守中に寝室を覗かぬよう念を押してゆく。一行は暫く休むこととしたが、一行の従者(間狂言)が隙をみて寝室の内を覗くと、そこには人間の屍骸が山積みにされていた。女の正体は、安達原に棲む鬼であった。一行は逃げ出すが、約束を破られ裏切られたと知った鬼(後シテ)が追ってくる。しかし、山伏の験力によって鬼は調伏され、夜嵐の中に消えてゆくのであった。

いただいたチラシに記載されていた解説によると、「白頭」の小書が付くので、前シテの面は「姥」、後シテの頭は白になり、「登場の様も替り、位も重く勇壮になる」とのこと。「格が高くなる」ということだと思うが、前日に見た『山姥』にも「白頭」の小書が付いていた。確かに面も頭も普通のものとは違うのかもしれない。小書付きでないものを見ていないので、比較できないけど。面を透けて見えるほどものすごい形相で迫ってくる。荒ぶる神。怒りも人間的な、世俗のものではなく、一種の契約でもあった神との約束、それを犯してしまった一行への怒り。これをいかに表現するかはシテの力量だけれど、それがこちらにひたひたと肉迫してくる感じはした。

そういえば上田拓司さんのシテは、三田の風のミュージアムでの能『絵馬』で拝見している。神戸観世の中心におられる能楽師のお一人のよう。もうお一方は吉井基晴さんで、彼の社中会では仕舞を拝見。そのうまさに唸った方。

もう一人の「立役者」、アイの従者を演じた茂山逸平さんも見事だった。前日の京都観世会館での『山姥』でもアイを務められていた。そちらも長台詞に感嘆だったけれど、今回の『安達原』はもっと演劇的な要素が加わる。「見るなと言われれば、余計に見たくなるのもの」なんていうところの心理的葛藤がおかしくも身につまされる。また、覗いてしまった光景の凄まじさに腰を抜かすところなども滑稽。演技の幅が要求されるところを、やすやすと演じきられた。声が素晴らしい。奥行きのある美しいバリトン。しかも昨日の今日ですからね。体力も精神力も半端ない。そういえば、狂言大蔵流の京都茂山家の方々は全員が声がすばらしい。加えて演技力も抜きん出ておられる。