yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

シャープさと華麗さの融合 林宗一郎師シテの『殺生石』in「京都観世会11月例会」11月27日

演者は以下である。

シテ 玉藻前・野干  林宗一郎

ワキ 玄翁道人    岡 充

アイ 能力      山下守之

 

小鼓   大倉源次郎

大鼓   石井景之

太鼓   前川光範

笛    左鴻泰弘

 

後見   井上裕久 杉浦豊彦

 

地謡   梅田嘉宏 河村和貴 大江広祐 谷弘之助

     味方團  河村晴道 古橋正邦 松野浩行

あらすじを「the 能.com」からお借りする。

玄翁という高僧が下野国那須野の原(今の栃木県那須郡那須町)を通りかかります。ある石の周囲を飛ぶ鳥が落ちるのを見て、玄翁が不審に思っていると、ひとりの女が現れ、その石は殺生石といって近づく生き物を殺してしまうから近寄ってはいけないと教えます。玄翁の問いに、女は殺生石の由来を語ります。

「昔、鳥羽の院の時代に、玉藻の前という宮廷女官がいた。才色兼備の玉藻の前は鳥羽の院の寵愛を受けたが、狐の化け物であることを陰陽師の安倍泰成に見破られ、正体を現して那須野の原まで逃げたが、ついに討たれてしまう。その魂が残って巨石に取り憑き、殺生石となった」、そう語り終えると女は玉藻の前の亡霊であることを知らせて消えます。

 

玄翁は、石魂を仏道に導いてやろうと法事を執り行います。すると石が割れて、野干(やかん)(狐のこと)の精霊が姿を現します。野干の精霊は、「天竺(インド)、唐(中国)、日本をまたにかけて、世に乱れをもたらしてきたが、安倍泰成に調伏され、那須野の原に逃げてきたところを、三浦の介(みうらのすけ)、上総の介(かずさのずけ)の二人が指揮する狩人たちに追われ、ついに射伏せられて那須野の原の露と消えた。以来、殺生石となって人を殺して何年も過ごしてきた」と、これまでを振り返ります。そして今、有難い仏法を授けられたからには、もはや悪事はいたしませんと、固い約束を結んだ石となって、鬼神、すなわち野干の精霊は消えていきます。

前場の玉藻前は帝の寵愛を受けるほどの美女である。それもただの美女ではなくて、人を惑わす妖力をもつ女性である。妖力は性的魅力と言い換えても良いかもしれない。だから、徴つきの役柄になるだろう。役をどう演じるのか、実に難しい。林宗一郎師はご存知の通りの美形である。妖力とではないかもしれないけれど、その直面を隠しているところに、ほのかに隠微な感じが漂っていているように感じた。面も衣装も格の高さを感じさせるもので、とても美しいものだった。この日は正面席だったので、いつも以上にインパクトがあった。

後場ではシテは妖怪そのものに変じる。赤頭にキンキラキンの豪華な衣装になる。殺生石を象徴する濃紺の籠が左右に割れると、そこには赤い頭の野干(妖怪)が座っている。女性が男性になっている。妖怪は殺生石になった顛末を語り出す。天竺から唐、らに日本へとやってきて、鳥羽院に玉藻前として仕えたが、妖怪と見破られてしまった。陰陽師の安倍泰成に調伏され、逃れたところを二人の武者に射抜かれ、ついには殺生石になったと語る。

パワー全開。後場の躍動感あふれる様々な動きは、圧巻である。攻撃的な所作、しかし足遣いの型はどこを切り取ってもスッキリと決まっている。くるくると回ると足袋がみえる。激しいムーブメントの流れに足袋の白が点を打つ。シャープな線であったり、なだらかな線であったり、流れは流麗である。半端ではない集中力を要する所作である。歌舞伎舞踊よりもはるかに激しくも美しい動きである。

 

この演目は様々な要素が投げ込まれていて、興味がつきない。男女のダブル・変身譚、支配階級に追放された叛逆者の象徴としての野干、陰陽師との力関係、異国趣味等々。江戸時代に歌舞伎、読本、合巻などに次々と登場しているのは、その「魅力」がいかに人を惹きつけるかを表している。

でも、このなんともいえないワクワク感は、読本、合巻よりも舞台での表現がずっと活きただろう。

林宗一郎師はお若いということもあって、とてもダイナミックでパワフルなシテになっていた。大倉源次郎師の小鼓は殺生石の裏に居られてもそれとわかるパンチの効いた音色を放っていた。前川光範師の太鼓はその音の強さと激しさで見るものをどこまでも煽ってきた。楽しかった。