yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

顔見世演目 『沼津』

近松半二、近松加作の合作ということです。私が歌舞伎を見始めてから見た記憶がありませんので、筋書きの後ろの上演表をチェックすると、やっぱりすべて外していました。平成に入ってからはそう頻繁には演じられていないようです。

配役をみると、いかにも上方の「こてこて」のメンバーです。今回のはまるで松嶋屋十八番でもあるかのように、仁左衛門、その長兄の我当(もとは旧字)、次兄の秀太郎、そして我当の息子進之介という布陣ですから。

舞台は沼津。茶店で鎌倉の呉服屋、十兵衛(仁左衛門)が連れの荷物もちの安兵衛(歌昇)と休んでいる、。用事を思い出した十兵衛は安兵衛を使いに出すが、そこへ荷物もちをしようと年老いた雲助が現れる。彼に同情した十兵衛は荷物を持たせることにする。しかし道中、その雲助、平作(我当)は足の爪をはがしてしまう。十兵衛は印籠から薬を取り出して手当てをしてやる。

そこへ、母の命日で墓参りの帰りという平作の娘、お米(秀太郎)がやってくる。お米は父が世話になったと聞き、礼をしたいと自宅へと招く。お米の美しさにぼーとなった十兵衛はそれを承知する。

平作の家はあばら家だったが、十兵衛はお米にほれ込んでしまい一泊することにする。安兵衛が訪ねあててきて、一緒に行こうというのにも耳を貸さない。十兵衛は平作にお米を嫁に欲しいと申し出るが、断られる。お米にはすでに亭主がいるというのだ。十兵衛は早速旅立とうとするが、二人に止められ、しかたなく一泊することにする。

夜中、お米は十兵衛の枕元の印籠から薬を盗もうとするが、十兵衛に取り押さえられる。驚く平作。お米は自分ゆえに手傷を負った夫、志津馬のために薬を盗もうとしたと打ち明ける。それを聴いた十兵衛は、お米が吉原の傾城、瀬川であると知る。

十兵衛がお米と平作に頼りになる兄弟がいないかと聞くと、平作は二歳のときに他家に養子にだした平三郎という息子がいると打ち明ける。驚く十兵衛。彼こそがその平三郎だった。十兵衛は寄進という名目で、まとまった金子、しそして例の印籠をおいて旅立ってゆく。

十兵衛が旅立った後、印籠に気付くお米。その印は夫の敵、沢井股五郎のものであることにも気付く。一方、金子に添えられていた能書きで十兵衛こそ養子に出した息子だったことに気付く平作。二人は十兵衛の後を追う。彼から敵の在り処を聞きだすためである。

宿はずれで十兵衛に追いついた平作とお米。股五郎の居所を聞きだそうとするが、股五郎に義理のある十兵衛は明かすことができない。腹を切る平作。命がけで股五郎の居所を聞きだすための自害だった。それにうたれた十兵衛は彼の居所を明かすが、それを隠れていたお米に聞かせるためだった。それを見届けた平作は、静かに死んでゆく。

白眉は十兵衛と平作が荷物を運ぶシーンです。客への大サービス、客席を練り歩いてくれました。こいうこところ、ほんとうに上方ですね。サービス精神に脱帽です。

それと関西弁、これは東京の役者には真似できません。なんというかこの独特の間合いをとれるのは、仁左衛門さん、我当さん、秀太郎さんが生粋の関西育ちだからでしょうね。この三兄弟もそうですが、先代の仁左衛門さんの語り口、間のとり方、絶妙で、言葉が音声として出てくるときの力強さを感じさせるものはありませんでした。三兄弟合わせてやっと先代仁左衛門さんの境地のような気がします。でもこの三兄弟をおいて、上方こてこての『沼津』は無理でしょうね。

それにしても最後の段の筋の複雑さ、今だに全部は理解できません。でもこれこそ近松半二の門左衛門への挑戦だったのでしょうか。現代劇、それも不条理劇に近いこの筋書き、今やることに意味があるような気がします。