終始笑いっぱなし。とても気持ちの良い笑い。狂言と能、それに日舞のいいとこ取り。笑いも狂言的−—つまり高いところから見下ろすようなものではなく、ごくごく普通の人間たちが抱える日常的、おバカなトラブルを、舞台と客席が一緒に笑いあうという体裁を採っている。その点では上方落語にも近いのかもしれない。そういえば桂枝雀師匠の持ち噺に「いたりきたり」というのがあった。内容は違っているけれど。雰囲気というか基調トーンは狂言と落語のコラボ。それに笑いとはあまり縁のなさそうな能と日舞を無理やり組み込んだ(ぶち込んだ)感じ。
この奇想天外ともいえるコラボ、随所に工夫(theatrical devices)が見られた。「堅苦しい能」というイメージをぶっ壊すのが、この能劇の目的だったのでは?能といえば、これはそもそも能『屋島』のパロディとして作られた?作者は茂山逸平師なので、そこは自家薬籠中のもの。
こちらは京都バージョンで、ワキを林宗一郎師が務められた。10月後半に開催される東京版は、尾上右近さんが僧を演じられる。金剛能楽堂の舞台をフルに使い、おまけにプロジェクターによる映写も入る凝り方。目一杯楽しんでもらおうという並み並みならない「逸青会」メンバーの意気込みが感じられた。
以下に関係者一覧を。
作:茂山逸平
作曲:藤舎貴生
尾上菊之丞 / 茂山逸平
尾上右近
長唄:今藤政貴 / 杵屋栄八郎 社中
囃子:藤舎貴生 社中
シテ 義経の亡霊 尾上菊之丞
ツレ 平家の亡者 茂山逸平
ワキ 旅僧 林宗一郎
唄 今藤政貴
杵屋巳之助
三味線 杵屋栄八郎
杵屋五助
囃子 藤舎貴生
藤舎円秀
堅田喜三郎
梅屋喜三郎
住田福十郎
ディレクター 渡辺隆彦
撮影 林大智
照明 原澤遥哉
装置 松野潤
小道具 藤浪小道具
この一覧でわかるように、新劇の専門スタッフが加わっていて、能楽の舞台とも日舞の舞台とも異なった大所帯体勢。チラシをみてびっくりした。
舞台奥にお囃子方、上手に唄と三味線方がつく、ミュージカル仕立て。でもごちゃごちゃした感じではなく、整った歌舞伎・日舞の舞台のよう。非常に良く練られたプラニングに感心至極だった。参りました!
今までに見てきた能の他分野とのコラボとも違っていた。それらをもう数歩前に進めれば、この舞台になったかもしれない。しかも笑いが全編を覆っているのがすごい。以下に大まかな流れを。
屋島の源平合戦から二百年、合戦場になった浜辺に旅僧がやってきて、塩焼き小屋で休んでいると、平家武者の亡霊がやってきて、場を貸してやる代わりに霊を弔ってくれという。受ける僧。平家武者が引っ込んだ間に、今度は麗々しい武者姿の源氏武者(実は義経)の幽霊が現れ、こちらも自分の霊を弔ってくれるように依頼する。あとで亡霊らしい姿に変身して現れた平家武者と、義経の争いになり、困る僧。
ここ、とても可笑しかったと同時に既視感が。なんと「『三人吉三』のお堀端で「お嬢とお坊との喧嘩を仲裁する和尚」という構図とそっくり(クリソツ?)その上、大衆演劇の江戸侠客ものでも見た構図。ということは歌舞伎の大芝居や小芝居などのモチーフも入っている?というわけで、色々な芝居の歴史をここで一挙に魅せるという目論見でもあった?そう考えるだけで、ホント、ワクワクしてしまった。
このあと、あの有名な那須与一の弓矢の場面をプロジェクター上の映像で見る仕儀になる。ところが現実舞台の上での平家と源氏の二亡者は、弓もまともに引けない体たらく。僧は呆れかえる。ここで二人は争うのをやめて、「めでたし、めでたし」となるはず?
ずっこけ、お笑い、あほらしさが満載で、とにかく楽しい。よくこんな「能」を考え出したと、茂山逸平師の才能に感激した。実際の舞台でも主役として八面六臂の大活躍。林宗一郎師はさすが能の重厚感をしっかり出されていて秀逸。とくに声が深く魅力的。さらに秀逸なのは、このお笑いに付き合われたこと。諧謔精神に溢れた方だとわかった次第。尾上菊之丞さんを拝見するのは実際の舞台ではこれが初めて。完璧な舞踊を踊られる方なのに、「いちびり」精神をたっぷりもちあわせておられるのに、感心した。
能楽の新らしい領野を拓くのを意図されているのだろう。そしてそれが見事に結実した舞台になっていた。必見!
そうそう、twitterにもメイキングの様子が上がっていた。
金剛能楽堂も入場制限がかかっていて、一席おき。観席には菊之丞さんが出られるということで?綺麗どころの方々が多数。可愛い舞妓さんたちもおられた。全般的にいつも見ている能舞台より、グッと若返り、華やかな感じだった。若い層がもっと見にきて欲しい!