yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

悲劇の貴公子重衡の達観(能『千手』)と、韋駄天vs足疾鬼のウルトラCジャンプ合戦(『舎利』)に癒された一日 in 「京都観世会五月例会 代替公演」@京都観世会館 8月13日

本来なら11時開演だったところ、2時間あとにずらしたスタート。元のプログラムにも変更が。能一本と狂言がカットされていた。それでも三本の能演目ですよ。すごいとしか言いようがない。幸運なことに抽選に当たったので、踊る心を抱えて出かけた。期待以上のすばらしい舞台に、帰りもウキウキが続いていた。観世のサイトから、当日のプログラムをお借りする。私が見たのは、2本目の『千手』(郢曲之舞(えいぎょくのまい)から。

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1. 能『千手』

京都観世会サイトから演目解説をお借りする。

平重衡は、一の谷の合戦で生け捕られて鎌倉へ護送され、狩野介宗茂に預けられていた。源頼朝はこの平家の御曹子に同情を寄せ、手越の宿の長者の娘である白拍子千手の前をつかわし、これを慰めた。ある春の夜、宗茂が重衡に酒を勧めようとするところへ、千手も琵琶・琴を持って訪れる。重衡は先日千手を通して頼朝に願い出た出家の望みが叶わぬことを告げられ、これも父清盛の命令とは言いながら、南都(奈良)の仏寺を焼いた罪業の報いかと悔い嘆く。折柄、宗茂が雨の夕べの徒然を慰めようと、酒を持って来たので、千手も、たとえ十悪の身なりとも、浄土へ引摂される由の詩を朗詠し、舞を舞って重衡の心を慰める。重衡が興に乗じて琵琶を弾くと、千手も琴を弾き合わせ、夜が更けてゆく。しかし、やがて重衡は勅命によってまた都へ送り帰されることとなり、鎌倉を出立する。千手は涙ながらにそれを見送る。 

小書「郢曲之舞」が付くと、「ツレの重衡の嘆きに重点が置かれた演出となり、シテ・千手の登場場面が変わったり一部の詞章が省略されたりする」(はなはなさんの「お能 妄想日記」中の解説をお借りした)。

確かにツレであるはずの重衡がシテの千手と同等の重さを持たされていた。シテ二人という趣きだった。終始重衡への想いに沈んだ千手の様に対して、重衡はどこか吹っ切れた様子が対照的で、それがとくに胸を打った。

重衡といえば平家の中でもとくにその楽芸の優れていたことが有名であり、また姿形も美しかったという。千手の舞が沈鬱なのも、その貴人が死を覚悟していることへの、同情の念が抑えきれなかったのだろう。この優れた貴公子への愛惜の想いがひしひしと伝わってきた。

千手役の浦田保浩師は重衡に対する愛惜の念を、しみじみとした謡で表現されていた。それを受ける重衡役の深野貴彦師は、謡の声にも艶があり、若さが際立っていた。所作もキビキビと、いかにも若武者の感じがした。その人が時折見せる一種の諦めが、悲しかった。

2. 能『舎利』 

こちらは

『千手』の通奏低音になっている儚さというか、無常観とは打って変わって、非常に躍動的で、しかも楽しい能。京都観世会サイトから概説をお借りする。

出雲の国、美保の関の僧が洛陽の仏閣を見ようと都へ上る。東山泉涌寺に行き、聞き及んでいる十六羅漢や仏舎利を見るため、寺の能力に案内を頼み仏舎利を拝んでいると、里人がどこからともなく現れ、一緒に仏舎利を拝んでいる。寺の辺りに住むその男は仏法東漸のこと、霊鷲山のことなどを語る。不思議なことに、にわかに空がかき曇り、稲妻が光る。男の顔色は変わり鬼の形相になり、実は足疾鬼の執心であり今もこの舎利に望みがあると言い、舎利殿に飛び上り、舎利を奪い、天井を蹴破って虚空に飛び去る。                           〈中入〉  物音に驚いた能力は舎利殿に行き、舎利が奪われたことに気づく。僧は能力から、昔、釈迦入滅の時に足疾鬼が現れ牙舎利を奪って飛び去ったが、韋駄天が取り返した話を聞く。僧と能力は韋駄天に祈る。すると舎利を奪い取った足疾鬼が悠然と現れるが、続いて仏法の守護者である韋駄天が現れ、天界に追い上げ下界に下し舎利を奪い返すと、足疾鬼は力も尽き消え失せる。 

こちらもシテとツレの掛け合いの妙に魅せられた。田茂井廣道師のシテ足疾鬼は、鬼であるはずなのに、どこかとぼけた感があった。それが鬼に変わると、まさに「舎利殿に飛び上り、舎利を奪い、天井を蹴破って虚空に飛び去る」というように、スピードが全開、疾走して退場。呆気にとられた観客を煙に巻いて。

後場がとにかく面白い。銕仙会 『能楽事典』解説に「足疾鬼は天空を自在に飛びまわり、追撃を攪乱しようとする。韋駄天も負けじと追いまわし、天の世界に飛び翔る。神通力をもつ者同士の、一対一の攻防戦」とあるように、めくるめく攻防戦が繰り広げられる。舎利殿を模した台座の上に足疾鬼が跳び乗れば、それを追って韋駄天も台座に跳び乗る。台座上に並んでの闘い。両者の跳び乗り、跳び降りの繰り返しが、楽しい。

最後は韋駄天が舎利を奪い返すのだけれど、その時のウルトラC技に思わず声が出てしまった。台座手前から両足を揃えて台座に跳び乗り、さらに両足揃えたまま跳んで台座向こうに降りる。それだけではないんです。台座にその後ろ向き姿勢のまま飛び乗り、さらにその姿勢のまま台座手前に降りるというすごい技!何しろ面をつけて視界がかなり制約されているはずなのに、このウルトラ技。すごいダイナミズム。二者のパワーが全開、でもどこか可笑しい。

『千手』の悲劇をなだめるかのような、『舎利』。余韻がとても良かった。