yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

やっと皇居に天皇ご一家が入られる!−—前天皇夫妻の引越しが決まった

13日付のこのニュース、コロナ災禍一色の中、一筋の希望の光が見えた気がした。

宮内庁は13日、上皇ご夫妻が31日に仮住まい先となる高輪皇族邸(東京都港区)に転居されると発表した。

引っ越し作業に伴い、19~31日は葉山御用邸(神奈川県葉山町)と御料牧場(栃木県高根沢町、芳賀町)に滞在する。仮住まい期間は1年半以内の見通し。その間、「仙洞仮御所」となる。

時事通信(2020.3.13

やっと!天皇陛下、皇后陛下が本来は5月から住まわれるべきだった皇居に入られる。これでコロナ禍が確実に終息に向かう、そう確信した。(皇室の尊厳を貶めてきた)穢れが去る。そして皇居が新しい清らかな光に包まれ、そこから日本全域に明るい光の放射がもたらされる。そんなイメージが浮かぶ。確かに「気」が変わった!

このイメージは日毎に強くなってきている。

元宮内庁職員で前天皇夫妻の側におられた方の「皇室是々非々自録」(3/13)は前皇后がいかに醜態を晒してきているかを、暴露している。「美智子さま、31日に「お引越し」達成へ! 一番カネのかかる方法で引っ越す醜態」というタイトルで。リンクしておく。

koshitsu.blog

一部を引用させていただく。以下。

31日に引越しということで、ギリギリの作業が進んでいるようだ。なんと上皇陛下と美智子さまは19日から31日まで、葉山御用邸(神奈川県葉山町)と御料牧場(栃木県高根沢町、芳賀町)に滞在するとのこと。お二人が住んだままだと引っ越し作業が進まないので、追い出して進めようという算段なのだろう。

ところで、高輪皇族邸は仮住まいであり、その期間は1年半以内の見通し。その間、現在の「赤坂御所」を改修して、そこを「仙洞御所」と改め、終の棲家とするようだ。

 

シンプルに「皇居」の北にある吹上大宮御所(昭和天皇時代の皇居、現在は空き家)に住まわれれば一番お金がかからないのだが、あえて高輪皇族邸と赤坂御所(東宮御所)を大規模改修して住まわれるのだから驚きだ。

 

思い返せば現在の皇居も「姑と一緒に住みたくない!」という美智子さまのワガママを聞き入れて、建設したものだ。皇后となられた雅子さまと同じ敷地に住みたくないと思われているのだろう。美智子さまは昭和天皇が崩御された後、香淳皇后をイジメ抜いた。おそらく「雅子さまに同じことをされるのかもしれない。味方(紀子さま)の近くにいたい」と願われているのだろう。

ともかく無事引越しが完了しそうだということで、ようやく令和時代が正しく始まりそうだ。

前皇后のわがままで引越しがのびのびになってきていた。現在の皇居そのものも昭和天皇が崩御された後、美智子前皇后が新築したもの。そのあたりの事情は以下に詳しく説明されている。 

koshitsu.info

これを読んだとき、前皇后の横暴、専横ぶりに怒りが収まらなかった。彼女は何をしたのか?その部分を抜粋させていただく。

美智子さま自然林伐採の報道

美智子さまが皇后となり、真っ先に手を付けたことの一つが、自らが住まう御所の新築だった。昭和天皇と香淳皇后をそのまま使用することは、どうしても生理的に受けつかなかったらしい。

そして総額56億円以上かかったこの工事は、皇居の自然林を大きく伐採し建てられた。昭和天皇は自然を愛した方であったため、この伐採には宮内庁内で大きな反発を呼び越した。そもそも「もともとあった御所を二世帯住宅にして使えばよい」という考えが宮内庁では支配的だった。だが先ほども言ったように、皇室において「順列」は絶対的な意味を持つ。“美智子天皇”の決定に異を唱えることなど誰もできなかった。

当時、皇太后であった香淳皇后は、この伐採をひどく悲しまれ動揺されていたという。当然のことだろう。だが、脚も悪くなっており車いす生活だったこともあり、美智子さまに「忠言」することはできなかった。この伐採事件以降、 香淳皇后の「老人特有の症状」(認知症のことだが、当時はこう表現された)は加速度的に進んだ。だが嫁姑の宿命であろうか、美智子さまは、あまりお見舞いなどに積極的ではなかった。

このような美智子さまの態度はもちろん宮内庁内で更なる反発をうんだ。敬意を払った表現を用いるならば、宮内庁は旧態依然とした場所であるため、美智子さまがあまりにも「斬新」過ぎてついていけなかったのだ。ゆえに宮内庁職員の誰かがこの「自然林伐採」を『週刊文春』に流した。その結果生まれたのが「美智子皇后のご希望で 昭和天皇が愛した皇居自然林が丸坊主」(93年9月23号)だ。

 

これに対して美智子前皇后が考え出したのがメディア操作による逆襲だった。以下。

美智子さまが考え出した妙案が「メディアに情報を意図的にリークして記事を書かせる」だ。結論的には朝日新聞系列に情報が流されることになり、その後『週刊朝日』が美智子さまを擁護する記事を連発するようになる。

これが美智子さまによるメディア操作の始まりだったと言って過言ではないだろう。退職した今も、この時のことをよく思い出す。

この美智子メディア 操作は依然として続いている。女性週刊誌、それに朝日系週刊誌が美智子天皇の傀儡だったし、今もそうである。彼らが出す「美智子上げ」の情報操作は、非常に酷いもの。

昭和天皇が愛された自然林を丸坊主にした美智子前皇后。昭和天皇の痕跡を排除するという凄まじいまでの執念である。伐採跡に皇居を新築して、おそらく「勝った!」と勝利感に酔ったのでは。だからこそ、その勝利象徴の場を出て行くのは厭だったし、抵抗してきたのだろう。

しかもそれを昭和天皇が未来を託された今上陛下に譲るというのは。昭和天皇は今上陛下(当時浩宮様)をとても愛され、慈しまれた。未来の天皇になる教育も信頼する浜尾侍従に預けられた。昭和天皇は前天皇を評価しておられなかったという。今となってみれば、昭和天皇がいかに慧眼だったのか、いかに人物判断が正しかったのかがよくわかる。

昭和天皇が愛された自然林、それを美智子前皇后の指示で伐採し、その上に建てられた皇居。何か忌まわしい感じがつきまとう。

でも、そこに昭和天皇が愛され未来を託された今上陛下が入られることで、この忌まわしさがガラッと180度転回、寿福に満ちた場になるに違いない。そう心から願う。すでに希望の光を感じている。

2月13日付の「皇室是々非々自録」についたコメントの全てにそれが表れている。いくつか紹介させていただく。そこには喜びの声とともに、さらなる前天皇夫妻への非難がみられる。というのも、前天皇夫妻は現在天皇陛下がお住いの赤坂御所を改装して住むことになっているから。コメントを見る限り、今度引っ越す高輪邸を終の住処とすべきという意見が大半である。コロナ災禍で日本経済の先行きが見えない今、すでに高輪邸改装に何十億もの費用が使われ、それに加えて赤坂御所の改築費用を計上するなんて、あり得ない無駄遣い。政府は絶対にこれをやめさせるべき。巨大な財政出動で救わなければならない企業、個人がこれだけいるのに、(秋篠宮邸新築も入れると)何百億もかけて前天皇夫妻のために赤坂御所を改築するのは、国民が許しません。

○ 天皇ご一家が皇居に入られた途端、コロナが終息するような、そんな予感がするのは私だけでしょうか。
もし、そうなったとしたら、天皇ご一家に対抗するために、引越しを伸ばした上皇夫妻は、ますます国民から白い目で見られることになるでしょうね。

○ 天皇陛下が即位された時の様に、また、
美しい虹が、皇居の上空にかかるでしょう。

 ともかく新高輪邸へのお引っ越しは良かったと思います。しかしながら、ここからさらに先の引っ越しというワガママについては、もういい加減にして欲しいです。

退位特例法とやらを作ったときとだいぶ景気は違ってきました。
オリンピックが中止か延期か無観客試合が、いずれにしても避けられない情勢。
そもそもそれまで、そしてそれ以降、コロナのために経済が滞って不景気になるのは目に見えています。

○ 女帝さまのワガママと酔狂に何億も使う余裕はないんです。上皇職の規模を縮小し、新高輪仙洞御所にずっとお住まい頂きたい。立皇嗣礼という不要不急の儀式も廃止。

ともかくこれから数年の日本の大不況を乗り切るために、今こそ「ジアイの心」「身の丈に合った」を発揮されるべきではないですか。東宮御所は、愛子様が晴れて皇太子となられ、結婚なさった暁に改修して、お住まいになると良いと思います。

○ 高輪に引越しが完了したら,今度はそのまま永住して,これ以上国民の税金を使わないように政府にメールします。
今はコロナ対策で,大胆な減税対策,フリーランスで働く者にも補償が無いと日本の経済自体が回っていきません。
皇室と言えども,無駄な立コーシの礼や,赤坂御所を前天皇夫妻のためにリフォームするなど,必要無いのです。
皇族が一般と同じでなくてはならない等とは思いませんが,もう沢山の税金を使う理解を得られる時勢ではありません。

コロナ災禍と平成の汚穢とが連動しているような気がしてならない。希望の光を!