yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

岡本綺堂作「ズウフラ怪談」in『半七捕物帳』を記号論で読むと

まず「ズウフラ」なるものについての解説が冒頭に付いている。曰く、「江戸時代に遠方の人を呼ぶ機械があって、俗にズウフラという」どうも、メガフォンのようなものらしい。本文中にあった記載によると、「長さは三尺あまりで、銅でこしらえた喇叭のような物」ということになる。

道場師範の岩下左内が殺された。それも門弟たちを引き連れ駒込富士裏に「怪談」の噂の確認に行った最中だった。闇夜にそこらを往来する者があると、誰とも知らず「おうい、おうい」と呼ぶ声がするという「怪談」の真偽を確かめに行ったのである。これが事件のあらまし。

まず、半七は怪談の声の正体を「ズウフラ」だと推測する。つまり誰かがメガフォンを使っていたずらをしているのだと。

それから師範左内とそのお内儀に注目する。左内は稽古の厳しさで顰蹙を買っている。がそのご新造は齢も若く器量良しで優しい。左内の厳しさを補っている。道場に通う者の年齢は当然若い。ここにかなりのシニフィアン(記号表現)が。

怪談の噂を広めた主が旗本の次男池田喜平次と、酒屋、岡崎屋のせがれ伊太郎二人だったことを突き止める。この二人は左内について「怪談」の真偽を確かめに行った二人だった。

それから、岡崎屋に乗り込み伊太郎が妻を離縁していたことを突き止める。ここにもシニフィアンが。伊太郎は左内のご新造と密通していて、それを知った彼の妻は里に帰ったのだと推理する。

ここまでくると、殺人者が伊太郎であることは明らか。協力者は一緒に行った池田の次男の喜平次に違いない。池田家の台所事情が逼迫していたことを確認し、喜平次が金目当てと道場乗っ取りを企んで協力したと踏む。

左内の葬式で怪しい声がする。「御新造さん……。御新造さん……。仏さまは浮かびませんよ。今に幽霊になって出ますよ」と。半七がとっ捕まえてみると、それは近所の質屋のせがれで辰次郎という「薄ばか」だった。彼は凶行の現場を見ていたのだった。彼こそ、ズウフラを使ったいたずらの張本人。ズウフラはオランダ人の通訳が持ち込んだ質種だった。

伊太郎は怪談騒ぎを利用し、喜平次を助太刀にして師匠の左内を殺した。怪談そのものは狐の仕業でもなんでもなく、単にズウフラというメガホンを使ってのいたずらだった。この顛末を半七はシニフィアンとシニフィアンとを結びつけ、一つの意味作用として立ち上げる。

この話は他のエピソードに比べると比較的「シンプル」な記号でまとめられてはいるけれど、基本、半七捕物帳のエピソードはこの路線を採っているように思う。

文中、「渡辺綱の羅生門の鬼退治」なんてのに言及されていたりする。さすが江戸戯作の大家綺堂の面目躍如。私はこの話を黄表紙の『金々先生栄花夢』ではじめて知った。それもアメリカの大学院のクラスで。浅学が恥ずかしい。綺堂先生、ものすごい読書量だったんだろう。シャーロック・ホームズを読んでいたところからもわかるように、英語も堪能だったようだし。やっぱり明治の人はすごいです。