yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

四代目中村雀右衛門丈を追ったドキュメンタリー

NHKの「プレミアムカフェ選(1)女形 人間国宝・中村雀右衛門」を見た。」「ハイビジョンスペシャル 女形〜人間国宝・中村雀右衛門〜 (初回放送:2002年)82歳当時の中村雀右衛門の、女形にかける情熱の日々に密着したドキュメンタリー 」というのが番組正式名。

当時82歳の高齢にもかかわらず、歌舞伎芸の至高を追求する四代目中村雀右衛門を追ったドキュメンタリー。思わず見入っってしまった。ご子息の芝雀さんが今年3月に五代目を襲名。現在も襲名披露興行の最中。2002年当時彼は47歳で、もちろんこのドキュメンタリーにも登場している。お父上の方はこの番組が撮られた10年後の2012年に他界されている。

この番組は舞台の雀右衛門さんに焦点を合わせるのではなく、それ以外の場での彼の様子、特に当時芝雀さんだったご子息に『本朝廿四孝』の八重垣姫の稽古をつける様子を重点的に撮っていた。それと彼自身が語る「芸談」に。この芸談がとても面白かった。でもこれ、既視感があるんですよね。なぜなら彼自身の文章で既に読んだことがあったから。1994年日本経済新聞に連載された「私の履歴書」で。当時、私は歌舞伎を見始めたところ。右も左もわからない。だからこれを貪るように読んだ。これで、彼の生い立ち、特になぜ血縁関係のなかった「雀右衛門」名跡を継いだのかといったことも分かった。また映画俳優として活躍しておられたことも知った。その後の「転身」でかなり苦労されたこと、特に女形に移ってから。その時に岳父である七代目幸四郎に励まされたことも知った。その「遅咲き」のゆえに、歌舞伎の芸では完璧主義者というか、とても厳しい方だということも知った。また、とても知的な方というのも判った。

非常に「垢抜けた」というか、伝統芸能の世界の人というよりモダンアートのディレクターのような感じの方だった。この「モダン」というところが重要で、図抜けてモダンな方だった。連載の方では今の写真があまり載らなかったけど、グラビア等で確認する雀右衛門は、革ジャンを着てバイクに乗っていたりで、およそ歌舞伎役者のイメージではなかった。

このドキュメンタリーの中でも、その片鱗が窺えた。洋服姿がなんともおしゃれだった。その後いろんな歌舞伎役者さんの洋服姿を写真で見たけれど、彼のが一番オシャレだったように思う。また当時82歳だったのだけど、歩き方はしゃんしゃんとしておられて、年齢を感じさせない。60代に入られてから、筋トレをやっておられたのこと。

あまり頻繁に彼の芝居を見たわけでないのだが、その中で印象的だったのは『鏡山』(加賀見山旧錦絵)の尾上役。1994年9月の歌舞伎座公演。データベースから採録させていただいた演者一覧が以下。

中老尾上 = 中村雀右衛門(4代目)
召使お初 = 中村芝翫(7代目)
局岩藤 = 中村吉右衛門(2代目)
剣沢弾正 = 坂東彦三郎(8代目)
牛島主税 = 中村東蔵(6代目)
奴伊達平 = 中村橋之助(3代目)
庵崎求女 = 大谷友右衛門(8代目)
息女大姫 = 中村芝雀(7代目)
侍女左枝 = 中村玉太郎(4代目)
中間可内 = 中村翫之助(4代目)
奥女中桐島 = 松本幸右衛門(初代)
奥女中有明 = 松本幸太郎(2代目)
奥女中空蝉 = 中村駒助(4代目)
奥女中野分 = 中村吉三郎(初代)
奥女中吉野 = 尾上松太郎(2代目)
奥女中吹雪 = 中村勘之丞(3代目)
奥女中秋野 = 中村助五郎(4代目)
腰元松ヶ枝 = 加賀屋歌江(2代目)
腰元伏屋 = 尾上扇緑(初代)
腰元関屋 = 中村歌女之丞(3代目)
腰元梅ヶ枝 = 中村京妙(初代)
腰元山吹 = 中村芝喜松(2代目)
腰元桔梗 = 中村京蔵(初代)
忍び運平 = 中村吉次
腰元女郎花 = 歌次
腰元 = 中村芝寿弥(初代)
腰元 = 尾上音女
腰元 = 中村京紫(初代)
腰元 = 福弥
腰元 = 富紀
腰元 = 大西忍

雀右衛門の尾上と芝翫のお初の息がぴったりだった。そして吉右衛門の岩藤!笑い転げるほどおかしかった。立ち役者がする女形役の一つ。雀右衛門と吉右衛門の息、というか苛め/苛められる時の呼吸の合わせ方が絶妙だった。今でも目に浮かぶ。尾上が散々岩藤に打たれて(いわゆる「草履打ち」)そのあと引っ込み、再び花道を出てくる時の「肚」の在り処に、雀右衛門ではなく、他の役者(誰だったか思い出せない)が言及していたことがあった。なんでも雀右衛門は引っ込んだあとも、その場でじーっとうちしおれた風情を保ったまま座っているのだとか。これにも彼の完璧主義、そして謙虚さを見た気がした。雀右衛門が尾上に成り切っっていたからこそ、お初の義侠心、復讐心が燃え盛るのが、納得できる。

このドキュメンタリーでの雀右衛門の姿にも、その完璧主義と謙虚さが遺憾なく出ていて、胸を打つ。