浜松屋見世先より
稲瀬川勢揃いまで
以下、「歌舞伎美人」からの借用。
<配役>
弁天小僧菊之助:尾上 松也
南郷力丸:坂東 巳之助
忠信利平:中村 隼人
浜松屋伜宗之助:中村 米吉
浜松屋幸兵衛:嵐 橘三郎
鳶頭清次:中村 種之助
赤星十三郎:尾上 右近
日本駄右衛門:中村 歌昇<みどころ>
呉服屋の浜松屋に美しい武家の娘と、供の若党が婚礼の品を選びにやって来ます。そこで娘は万引きをしたとの疑いをかけられ打ち据えられます。ところが万引きは誤解だったことが知れ、若党の求めに応じて浜松屋幸兵衛は百両の金を詫びとして渡します。立ち去ろうとする二人を玉島逸当という侍が呼び止め、娘が男であると見破ります。実はこの二人は盗人の弁天小僧菊之助、南郷力丸という盗賊。そして逸当こそ盗賊の首領、日本駄右衛門で、すべては浜松屋の金を奪い取ろうとする企みでした。やがて追手を逃れ、稲瀬川に勢揃いした白浪五人男は、名乗りをあげます。
河竹黙阿弥の七五調の名せりふに彩られた歌舞伎屈指の人気演目にご期待ください。
10日には一階の最前列席、15日には二階の下手寄り最前列席で二回観た。観る場所が変わると、ずいぶんと印象が変わるものだと改めて認識させられた。それは『闇梅百物語』にもいえる。でもこちらの狂言の方が顕著だった。一階席のときは花道の傍、役者さんに手の届くような近さだったので、身体の部位の方の印象があまりにも鮮烈で、全体像をみる余裕がなかった。大衆演劇だと前席でもそれがあるていど「覚悟」できているから余裕云々はあまり問題にならないけど、歌舞伎でここまで近いとかなり慌ててしまう。だから二回目は一回目に「見落として」しまった全体像を確認するということに終始した。これでやっと一つの芝居として私の中に納まったという感じがする。
それが一番いえるのが、花道での菊之助と力丸の会話。冒頭部と終わりと、二回にわたっての花道での会話。二階席からみると局所的ではなく二人と客席とがいっぺんに掌握できるので、可笑し味もいや増す。弁天小僧の武家息女風に装った姿と引っ込みの際のほとんど裸同然の対比の強烈さ。菊之助と力丸、二人の言葉遣いの天地ほど異なる豹変振り、ある程度距離があることでそれらが全体の枠の中に納まって立ち上がってきた。
一回目には松也の声が無闇と甲高く聞きづらかったけど、二回目にはそれほどでもなかった。彼も慣れてきていたのかもしれないけど。でも聞く場所によって、かなり違った印象になるということは否めないかも。力丸との江戸前の掛け合いも、ちょっと距離をおいて見た(聞いた)方が、黙阿弥調台詞の面白さ、二人の江戸前ことばの気風のよさが、ワーッと迫って来た。
巳之助の力丸は一回目に観た折も二回目に観た折も、かなり緊張して演じているのが分かった。力丸というのはこの七人の中で唯一、元猟師という身分が低い役柄。他の役はそれぞれ侍階級。というわけで、野卑さを出さなくてはならないのだけど、それには品が良すぎたかも。でも引っ込みのところでの「坊主代わり」のところでは、人の良さも露呈するわけで、ワイルドさばかりを前面に出すわけには行かなかっただろうけど。この場面、大好き。何度観ても笑い転げてしまう。普段の松也/巳之助の仲の良さが出ていた。
白塗りのたよりない若旦那、浜松屋伜宗之助役を米吉が好演だった。この方、実際はかなりのしっかり者。それをあくまでlow profile に徹して演じるのはけっこう無理しているのだろう。でもそれを毛程もみせないところ、役者根性がある。「稲瀬川勢揃い」での五人のつらねシーンには出て来ないのが残念。
それと同じ女形の右近も良かった。彼が演じたのは赤星十三郎という、ちょっとおかまっぽいお侍。はんなりとした色気が全開で、最初観たときに気づかなかった優しさに呑み込まれそうになった。他の役が男気を際立たせる役なので、よけいにこの優しさが艶っぽかった。
日本駄右衛門役の歌昇は、やっぱりこの盗賊の親分をやるにはちょっと貫禄不足だったような。それでも目いっぱいがんばっていた。ちょっとほろりとするくらい。こんながんばりやさんだから、あと数年もしたら押しもおされぬ確固たる地歩を築くに違いない。こういうチャレンジ精神のある役者さん、大好き。
観劇二回目の15日は日曜日ということもあり、満席。でも普段の日はどうなんだろう。こんな清新なそして一生懸命な役者さんたちが揃い踏みをする機会なんて、そうそうないと思う。だから京都の人たちにぜひ足を運んでもらいたい。