観たのは少し前になる。イギリス人のサイモン・マクバーニー が谷崎潤一郎の『春琴抄』と『陰翳礼讃』をもとに書き上げた戯曲である。かなりがっかりしたのだが、その結果、敬遠してきた谷崎を読み直し、なぜこの舞台にこんなに失望したのかその理由を考える機会が与えられた。
公演のスタッフ等は以下である。
[演出] サイモン・マクバーニー
[作曲] 本條秀太郎
[美術] 松井るみ+マーラ・ヘンゼル
[照明] ポール・アンダーソン
[音響] ガレス・フライ
[映像] フィン・ロス
[衣裳] クリスティーナ・カニングハム
[人形製作] ブラインド・サミット・シアター
[プロダクション・マネージャー] 福田純平
[プロデューサー] 穂坂知恵子+ジュディス・ディマン
[出演] 深津絵里/成河/笈田ヨシ/立石涼子/内田淳子/麻生花帆/望月康代/瑞木健太郎/高田恵篤/本條秀太郎(三味線)
演出上、いくつか致命的な問題があると思った。
第一に、劇化するにあたっての『春琴抄』の構築の仕方。原作のストーリー展開をそのまま使っているのだが、それだけでは『春琴抄』のエッセンスを出せない。劇化するには、脚本/演出で、一旦ストーリーそのものを解体し、再構築する必要がある。その再構築は、当然原作の上に成立するが、それでも原作そのままではない。原作に解釈を施し、re-toldの形にしなくてはならない。そこのところが、今ひとつはっきりしなかった。一体何をしたいのか、何を伝えたいのか、判らなかった。
たしかに工夫をした痕跡はある。『春琴抄』全体をプロアナウンサーの「ナレーション」でサンドイッチにしているのがその一つだろう。しかし、それは必要だったのかという疑問をまず持った。
原作は「私」が春琴と佐助の墓を訪ねるところから始まる。そんなことをしたのも、「私」が『鵙屋春琴伝』という小冊子を入手したのがきっかけだった。中身に興味を持った「私」は、その小冊子をもとに、晩年の春琴、佐助に仕えた鴫沢てるという老婦人の聞き取りでそれを補足しつつ、自分なりに春琴と佐助の物語を造形してゆく。つまり、入れ子構造になっているのだ。核になるのは、もちろん春琴と佐助の生きていたという事実、それを包む最初の入れ子が『鵙屋春琴伝』。それが入っているのが「私」が鴫屋てるの助けを借りて造り上げた春琴と佐助の物語、『春琴抄』というわけである。
今回の舞台では二人の語り手が設定されていた。一人は老いた佐助(笈田ヨシ)。彼を「語り手」にしたのは、理に適った演出である。彼の視点というのが重要な意味をもつから。だが、彼が語る「春琴」の話を、NHK放送で『春琴抄』を朗読するアナウンサーで包み込んでしまうという設定は失敗だと思う。こちらの語りは、私の想像では、普通の「現代人」がどう『春琴抄』を受け取るのかということを示すためのものだったのだろう。でも、果たしてその必要があったのか。しかも、このアナウンサー、下世話の極地の人物。中年女性のこのアナウンサーの、なんとも下品な私生活を覗き見しているような、そんな気持ちを観客に抱かせる。観客に現代の恋愛と春琴/佐助の「恋愛」とを対比させるのが、そして春琴/佐助の「恋愛」の「異次元性」を際立たせるのが狙い?そうだとしたら、まったくの失敗というしかない。原作の「私」の造型した物語をこういう形で「再構築」するのは、あまりにも稚拙なやり方というしかない。観客を混乱させるだけで終わってしまう。もっと問題は、原作のもっている魅力を損なってしまっている。
老いた佐助の語りは、たしかに意味がある。というのも、鴫沢てるにしても、それを聴きとった「私」にしても、佐助の回想を素に話を構築しているから。というよりも、佐助の「イリュージョン」が『春琴抄』全体を覆っているから。
春琴の幼い頃は人形が「演じる」のはオモシロイというか谷崎の原作に適った方法である。それを途中からなぜ深津絵里が、つまり生身の人間が演じるようにしたのかの理由が分からない。せっかく人形という絶好の被表現体を使うのだから、そのまま生身の役者ではなく春琴を人形に仮託しても良かったのでは。人形に深津絵里のことばをかぶせるというように。なぜなら、春琴は「実在」としてよりも、佐助のイマジネーションの中に存在しているからである。だからこそ、佐助の回想語りが重要な意味をもつ。
本音をいえば、私は谷崎をそう好きにはなれない。とはいえ、『春琴抄』に展開する独自の耽美的世界に魅せられはする。今回の舞台はその美が描けていなかった。残念ながら。『陰翳礼讃』を補強につかったのだろうが、『陰翳礼讃』の中の美的世界の解釈と適用にも問題があった。演出者はおそらく原作を日本語では読んでいないのだろう。英語訳で読むと、谷崎作品はその特有のクセが捨象され、英語独特のクリアなレトリックに矯正されてしまう。外国人が演出する場合、それは仕方がないことかもしれない。でも少なくとも、谷崎がどっぷりと漬かっていた人形浄瑠璃、歌舞伎、能等の伝統演劇をしっかりと勉強して欲しかった。そうすれば、谷崎が展開してみせた『春琴抄』の世界、「陰翳」のインプリテーションが何なのかに近づけただろう。その上で、演出上の解釈を施せば、もっと違った舞台になったと思う。
もうひとつの問題は、演じる場所である。この芸文センターの大ホールはこういう芝居を乗せる場ではない。ほぼ満員、私の席はかなり後ろだったので、舞台で何が起きているのか、かなり努力しないと見えなかった。ロンドンではバービカン劇場を使ったようだが、この劇場も芸文センターと同様芝居向きではない。このバービカンで『真夏の夜の夢』を観たことがあるが、劇場があまりにもどでかく、舞台がはるか遠くで、少しも楽しめなかった。芸文センターを使うなら、神戸女学院ホール(小ホール)にすべきだった。ロンドンなら当然ウェストエンドの芝居小屋にかけるべきだろう。たしかに観客数は少ないだろう。それでも芝居の醍醐味を味わうにはそれしかないことを、長い演劇の歴史をもつ国の人たちは知っている。木戸賃をどれだけ稼ぐかということを、つまり儲けることを主たる目的にしてしまっているのではないかと、勘ぐりたくもなる。
日本でメディアに出る評、あるいはブログの類い、この作品を「よいしょ」する記事ばかり。それは、西洋演劇崇拝の目でみているからかもしれない。評者たちは日本の伝統演劇をほとんどみていないのだろう。谷崎自身も歌舞伎作品をいくつか書いている。それは、文学作品は自身の身体によりついた言語と伝統を通して、生み出すものであることを知っていたからだろう。
サイモン・マクバーニーがもし「谷崎」を英語圏で演出するのなら、思いっきり換骨奪胎、彼の国、長い演劇の伝統にまみれたイギリス臭に思いっきり淫して、「イギリス版谷崎」を創りあげるしかないのかもしれない。