伝記を書いたアイザックソンの文章はとても品があって、ジャーナリスト臭くない。そしてなによりも文学的だ。ジョブズというたぐいまれな人の人生を綴るというのは、とても重いことだったに違いない。ジョブズが自分の生涯の記録者としてアイザックソンを選んだのは、その鋭い直感で人を見るのに長けたジョブズらしい。きっとアイザックソンがその作業の重さを十分に承知し、淡々とそれでいて愛情を込めて書き記してくれると信じていたからだろう。
これほどおもしろい読み物はここしばらくは出ないだろう。それくらいどのベージをめくっても、クレイジーなジョブズが生き生きと立ち上がってくる。通勤の行き帰りに読むだけなので、まだ大学生までのところだが、それでもジョブズが天才だというのがかずかずのエピソードから明らかになってくる。
やはりジョブズについては「栴檀は双葉より芳し」というのがぴったりのようである。高校生のころに同郷で彼と一緒にアップルを立ち上げたスティーブ・ウォズニアックと知りあう。ウォズニアックはエンジニア・オタクで、ジョブズとは違ったタイプではあったけど意気投合した。この二人がいろいろといたずら(prank)を考えだすところは笑える。まさに並外れた知恵の悪ガキ二人がつぎつぎと発明、実践するいたずらはとてもユニークで、すでに天才の片鱗が窺える。でも後始末をしなくてはならない周囲の人は大変だっただろう。
いやいやリード大学に進学するところも、なんとか両親を出し抜こうとしている様が笑える。しかたなく行ったリード大だが、禅に出会い、またそれを介してコトケ(なんて発音するんだろう、Kottke)というユダヤ系の友人を得た。さらにフリードランという東洋思想に傾倒した、カルトの親玉のような人物と知り合う。ジョブズはフリードランの影響を受けるが、のちに「単なるピエロだった」と彼を評している。アイザクソンが、金鉱で儲けて大金持ちになっていたフリードランにNYであったとジョブズにメールすると、すぐに電話がかかってきて、「若い頃スピリチュアルだった人間が歳をとって(文字通り)金鉱採掘者になっているのは変だね」と言ったそうである。
リード大中退してアタリ社に入るのだが、そのときのエピソードもいかにもジョブズらしい。社に押し掛けて、自分を雇うまでは梃子でも動かないと言ったそうな。重役のアルコーンは彼の才能を見抜いて、社内で孤立していた彼をなにかとサポートする。いちばんおかしかったのは、ろくろくシャワーをしないジョブズがあまりに臭うので社員が苦情をいってきたので、彼をナイトシフトにしたというエピソードだった。
アイザックソンはまるで父親のような、(兄のような?)愛情をもって、「戦士」ジョブズをみているのが分かる。ほのぼのとした気持ちになる。
講談社から出た日本語訳が高いということだけれど、でもそれだけの値打ちがあると思う。訳者も評判が高い方のようなので、後悔することはないと思う。