お芝居は『神崎与五郎東下り、牛五郎ざんげ』でした。義士外伝の一つなのでしょう。でも主人公は義士の一人、神崎与五郎(瑞穂さん)ではなく、彼が立ち寄った先で関わった馬子の牛五郎(一也さん)です。
一也さん、初役とのことでしたが、ぴったりはまり役でした。演技力がおありとは分かっていたのですが、これほどとは。正直ビックリしました。諒さんのお庄屋さんもお上手でしたが、それすらも喰ってしまうほどのど迫力でした。とくにお尻を出して(ホントに出すのです)与五郎に迫るくだり、椅子から落ちそうになりました。なんでも座長口上によると、「一也君がやるっといったんです。お尻を出したかったからじゃないかと思うんですけど」ですって。
馬子の牛五郎は村の鼻つまみ。博打にあけくれ、稼いだ金もすぐ費い果たしてしまいます。今日も、通りがかりの侍に無理難題をふっかけ、愚弄し、金を巻き上げ、挙句の果てに詫び状まで書かせます。それも彼にわかるようにひらがなで書かせたのです。
時は流れ、義士は本懐を遂げ、その討ち入りは講談にもなっています。おりしも村に江戸から講談師(座長)がやって来て、村の衆にそれを語って聞かせることになります。牛五郎には知らせなかったのに、聞きつけてやってきて、酒臭い息のままその場に座り込みます。
講談師の話は彼によって度々出鼻をくじかれ、講談師は怒って黙らないと江戸に帰るといいます。おとなしくなる牛五郎。講談師がいよいよ語り始めます。
しばらくは静かに聴いていた牛五郎、途中で「そのくだりをもう一度」とせがみます。それは義士中のいちばんの男ぶりといわれた神埼与五郎が登場する下りでした。その名前を確認した牛五郎。股(!)の間からなにやら紙切れを取り出します。それをみんなの前で読みますが、それこそが与五郎に書かせた詫び状だったのです。
なんということをしてしまったのだとしょげる牛五郎。本懐を遂げるために与五郎は旅途中のトラブルを避けなければならず、それで牛五郎の言うことを聞いて詫び状まで書いたのだと悟ったのです。
その場にいたみんなに、今から与五郎のもとへ謝りにゆくと駆け出す牛五郎を、講談師が止めます。もう与五郎はこの世の人ではないのだといって。泣き出す牛五郎。そして自分の髪を下ろしてしまいます。そして、今から芝泉岳寺の与五郎の墓の前で謝るのだと言って旅立ちます。
はからずも泣いてしまいました。一也さんの前半の悪党ぶり、秀逸でした。これがあるので、後半の慙愧の念に耐えないという嘆きぶりが生きてきます。
座長の講談師、けっさく(素晴らしいという意味と可笑しいという意味両方)でした。とうとうと立て板に水、まるで本物の講談師のようでした!なにしろこの役は6年ぶりとかで、大変だったと推察されます。でもこれだけお客さんが喜べば、その甲斐があったというものでしょうね。