yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

浅見真州師の突然の訃報

日経の記事で知った。ショックだった。内容は以下。

能楽のシテ方観世流で、復曲や新作にも意欲的だった浅見真州(あさみ・まさくに、本名=浅見真広=あさみ・まさひろ)さんが7月13日、病気のため自宅で死去した。80歳だった。告別式は近親者で行った。

 

1941年生まれ。幼い頃に父の指導を受けた後、観世寿夫(ひさお)さんに師事した。能の源流を探るとともに他分野と積極的に交流し、能楽界に新風を吹かせた師を見習うように、古典とともに、上演機会の減った能の復曲や新作に力を入れた。

 

2007年からは「日経能楽鑑賞会」で、同じ曲を異なる流派が競演するスタイルの上演を始め、喜多流の友枝昭世さん、金剛流の金剛永謹さんらとともに、流派による演出の違いを観客に伝えた。

 

紫綬褒章、旭日小綬章、日本芸術院賞など受賞多数。19年2月には日本文化を紹介するイベント「ジャポニスム2018」の中で、観世寿夫さんの業績をたどるようにパリで「砧(きぬた)」を舞い、フランス政府から芸術文化勲章を受けた。

無念だ。2019年2月、浅見真州師のパリ公演での能『砧』をBS で見て衝撃を受けた。その『砧』公演については当ブログ記事にしている。

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それからできるだけ機会を見つけて舞台を拝見したいと強く思って来た。2019年5月には「耕三の会」(@大槻能楽堂)で仕舞「花筐」、同年6月には京都観世会例会で能『隅田川』(@京都観世会館)の舞台を拝見することができた。これ以前にも真州師舞台を見てはいる。2017年5月篠山春日能での『邯鄲』、同年7月国立能楽堂での『小塩』、そしてもう一つは京都芸大セミナーDVD教材での『海士』である(記事にしている)。

でもこれだけではあまりにも少ない。何とか2019年の間に東京遠征をして能『草紙洗小町』(@宝生能楽堂)、能『西行桜』(@国立能楽堂)、『三井寺』(@観世能楽堂)、『姥捨』(@横浜能楽堂)、能『浮舟』(@国立能楽堂)、能『葛城』(@国立能楽堂)のいくつかを見ておくべきだった。

2020年は能公演は軒並み中止、延期になっていたため、真州師がシテを務められるものも実際に公演の運びとなるのは少なかったようである。それでも3月には能『景清』(@国立能楽堂)でシテを務めておられるんですよね。しかも「能公演検索サイト」では本年中そのあとにもシテの公演がいくつか入っている。ということは、あまりにも急なご逝去だった?日経ではご病気だったとのことだけれど、何か釈然としない。

真州師は観世寿夫師の演じ方をもっとも良く伝えておられるということを、どなたかが書いておられた。私は残念ながら観世寿夫師の舞台を見たことがない。ほんの2、3枚のDVDで拝見したのみである。だから、真州師がどれほど寿夫師に「似て」おられるのかは判断できない。それでも、あのパリ公演での『砧』には、鬼気迫るものを感じた。それは寿夫師の『俊寛』での橋掛りでの登場に感じた衝撃と同質だったように思う。生臭い欲望に縛られている現生の身体、それに煩悶しつつもどこかそういう己を醒めた目で見ている。その一種分裂症的な精神状態をほんの数分の登場時間に凝縮・凝固させていた。その点では、確かに真州師は寿夫師と同質の表現者だったと思う。

かえすがえすも残念である。もっと舞台を見たかった!