yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

失望した玉三郎の『幽玄』 in 「秀山祭九月大歌舞伎」@歌舞伎座 9月25日

途中で退出しようかと思ったほど、がっかりした。目のやり場に困った。どこを見ても失敗だと思えたので。

玉三郎に失望したのは25年を超える歌舞伎観劇歴で一度もなかった。それどころか、常に安定している上、より良いものを目指し続けるというそのストイックな姿勢を常々尊敬してきた。

とくに「道成寺」へかける想いというか、執着に近い思い入れを目の当たりにして、圧倒された。実際の舞台でもそうだったけれど、「娘道成寺」を造型してゆく過程を撮ったNHKの特番は圧巻だった。

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命がけのプロジェクトであり、その技術のみならず思想・哲学とでもいうべきものを次代の踊り手達へ伝えるという、尋常ならない「教育者的」使命感を感じた。それが歌舞伎舞踊の『二人娘道成寺』、『五人娘道成寺』に結実したのだろう。

さらに、歌舞伎にアダプトされた能作品をリスペクトする姿勢にも、感激した。今更ながらではあるけれど、彼の舞踊の根幹を形作っているのは、この能的なものではないかと思い始めていた。

だから今回の能作品のアダプテーション(?)である「羽衣」、「石橋」、「道成寺」には、目を疑ってしまった。能からのアダプテーションとしてではなく、太鼓を軸にした(つまり鼓童をPRする)プロジェクトとして捉えるべきなのかもしれない。

まず「羽衣」。歌舞伎座の横長の広〜い舞台。バックに14基にも及ぶずらりと並ぶ小太鼓群。もちろん能のものではなく、鼓童独自のものだろう。「テケテケ」と、シンセサイザーのように音は恐ろしいほど完璧にそろっている。そこに銅鑼の音が響く。合間に大太鼓が打たれる。舞台前面には10人ばかりの歌舞伎の若手役者たち。小太鼓群と役者群の間を羽衣を纏った玉三郎が行き交う。太鼓と役者の量感が圧倒的なので、彼の舞は目立たない。太鼓の数と音、それも流れるような華麗な爆音の中では、どんな舞の名手でも目立たないだろう。能の『羽衣』では、キリで長い羽衣の舞が舞われる。さまざまな舞いの型を総結集したもので、最大の魅せ場。玉三郎の舞は目立っていなかった。でも、彼はそれでよかった?イケメンぞろいの鼓童の太鼓方、そして同じくイケメン揃いの若手役者に囲まれ、そこに埋もれて舞うというのが主眼だったから?

続いての「石橋」。こちらもイケメン五人組(歌昇、種之助、萬太郎、弘太郎、鶴松)を従える「玉三郎さま」にしか見えなかった。それ以上ではなかった。「数で勝負」だったんでしょうか。能の『石橋』や歌舞伎舞踊の「石橋」の、一人、もしくは二人で舞い狂う興趣がなかった。

最後の「道成寺」には、最もがっかりだった。釣り上げられた鐘の下で、玉三郎が舞う。この辺りは歌舞伎版「道成寺」を踏襲している。横に太鼓を肩から下げ、音を入れる男太鼓師たち。紋付袴姿ではあるけれど、違和感ありまくり。ここに太鼓を入れるなら、白拍子を引き立てるものにしなくては、まるで興ざめ。さらに違和感があったのが、最後の場面。能では、ワキ役の僧侶が数珠をもんで蛇体に変じた白拍子を調伏しようとするのだけれど、なんと若手役者の所化までそれに加わって数珠をもむ。これだと、邪蛇を退治できないでしょ?

鼓童との共演というのは、悪い企画ではないだろう。でもそれは自主公演でやるべきものでは。歌舞伎座にはおよそそぐわなかった。もちろん「なんでもあり!」っていう歌舞伎の精神は尊い。でもこれは、玉三郎の自己満足公演の域を出ていなかったのでは。「なんでもあり」の領域をはるかに超え出てしまっていた。

 お断りしておきますが、私は太鼓を嫌いというわけではありません。ことさら好きでもないですが。でも、大衆演劇で色々な劇団が太鼓ショーを演じるのを見てきましたが、常に圧倒され、感動しました。地の底から湧き上がる原初的エネルギーを感じたから。「鼓童」の演奏にはそれがなかった。あまりにも(悪い意味で)モダン。シンセサイザー伴奏の器械体操のよう。これでは人を感動させるのは無理でしょう。もちろん、今回の演奏に限ってのことですが。とはいえ、「鼓童」の演奏会に行こうとは思わないですけどね。