yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

第148回文楽公演『心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)』@国立文楽劇場11月20日第2部

先日見た昼の部の『鑓の権三重帷子』と『八陣守護城』には圧倒された。その勢いは必ずや午後の部にも波及しているはずと推測していたら、予想通り。むしろ昼の部を凌駕していた。太夫、三味線、人形遣いの意気込みがその場にいるだけ肌身に感じられるほど強かった。今日は先日よりは客の数は少なめだったけれど、それでも静かな炎のようなものを感じた。

文楽、変わってきている。それは間違いない。1992年ごろから文楽を集中的に身始めた。その後、アメリカの大学院にいたのだけど、その8年間を除き、文楽はずっとみてきている。東京公演では結構人が入っているのに、大阪では閑古鳥が鳴いていた。それが「橋下効果」で上の特権的な大御所さんたちが抜けられ、若手が前に出れるようになった。これについては度々、当ブログに言及してきている。もちろん住太夫さんが懐かしくなりますよ。あの名演が。でもね、若手を育てて、そして舞台に出さない限り、彼らは報われませんよ。また文楽の発展もないでしょう。そして、何と言ってもうれしいのが、文楽の若手演者が素晴らしいこと。太夫、三味線、人形遣い。全てに逸材が育っている。

今日の構成は以下。

近松門左衛門=作  
心中宵庚申 (しんじゅうよいごうしん)
  上田村の段
  八百屋の段
  道行思ひの短夜

2011年に『心中宵庚申』はみて当該ブログの記事にしているので、リンクしておく。演者一覧チラシは以前の記事にアップしている。

以前は住太夫さんと嶋太夫さんの語りで演じられた『心中宵庚申』。今回は文字久、千歳太夫、三輪太夫、睦太夫が担当された。最後の「道行思ひの短夜」では三輪太夫(お千代)、むつみ太夫(半兵衛)の組み合わせ。大御所の方々の演奏の凄みはなかったけれど、清新だった。「上田村の段」の三味線は藤蔵さん、「八百屋の段」の三味線は富助さんが担当された。20年来の富助ファンの私としては、とてもとてもうれしかった!最後の「道行思ひの短夜」は群奏。三輪太夫さんがお千代、睦太夫さんが半兵衛だった。

以下に作品のあらましを。

八百屋の養子・半兵衛(はんべえ)と、その妻のお千世(おちよ・現在の文楽では「お千代」)が、義母との関係から、夫婦であるにも関わらず心中することになるいきさつを描いた作品です。

養子であろうがなかろうが、そこまで義理の母につくす必要があるのか、現代人ならば到底理解できない行動だろう。義理にガチガチに絡められた当時では、そこから抜け出るのは死で持ってでしかなかった?あまりにも理不尽で腹がたつ。男女関係なく、おそらく今この作品を見る人は同じ感慨を持つはず。それもなお、やはりこの「愚かな」夫婦の姿は胸を打つ。彼らに嫌でも感情移入せざるを得ない。

近松が描きたかったのは、他でもない、こういう理不尽を甘んじて受け入れ、その解決法として死を選ばざるを得なかった半兵衛、お千代を “glorify” することだったのでは?家制度の中で、身動きとれず、自己を犠牲にすることでしか、そのしがらみから抜け出せることのできない人たち。「愚か」と批判するのは簡単だけど、その時代に戻り、彼らの背負っていた重みがわかるなら、そんな批判はできない。そこに時代を超えた普遍性があるから。どんな社会でも社会として成立するために、犠牲にするものがある。その犠牲はある視点から見ると無意味、理不尽の極みかもしれないけど、別の目で見るとそういう必然を受け入れる人間にある種の「崇高さ」を感じてしまう。作家としての近松が見据えていたのは、常にそういう場に生きざるを(死なざるを)得ない普通の人間たちの、運命の必然といったものだったのでは。それに抗う人も美しいけど、受け入れ滅んでゆく人もまた「美しい」。その滅びる側に常に視線を合わせていたのが、近松門左衛門という人だったと思う。

この日の舞台の一等すごかったのは、何といっても最後の場面。勘十郎さんのお千代と玉男さんの半兵衛の「絡み」。まるで歌舞伎の舞台。と思ったけど、違うんですよね。人形が演じる断末魔の苦悩。極限までリアル。歌舞伎の役者のものもリアルではあるのだけれど、どこか違う。人形の方がもっと生々しく迫ってくる。特にお千代の勘十郎さんの遣い方の生々しさが圧巻。半兵衛に喉を切られ、のたうち回りながら、最後は倒れこむ。ここではずっと下に伏せったような過酷な姿勢を取り続けなくてはならない。ただただ、お見事!

まだご覧になっていない方、ぜひ文楽劇場へ!26日までです。