被災地復興プロジェクトの一環。能役者の方々の奮闘公演というだけでなく、実際に募金活動をロビーでされていた。なんか感動。開場直後の午前10時5分に会場についたのだけど、一階席は満席。二階に移動。二階もほどなく満席に。サウスホールのキャパいっぱいの約700人の観客。針の落ちる音も聞こえるほどの静寂の中、舞台では嵐が起きていた。能が穏やかなもの、退屈なものっていう先入観があれば、それを完膚なきまでに打ち消すようなモーレツな舞台だった。舞台に荒れ狂っていた嵐もあっけなく唐突に終わる。後に残るのは平知盛の亡霊(シテ)が置き去った余韻のみ。この横溢と虚無の対比が胸に迫る。以下、演者。
シテ 平知盛亡霊 片山九郎右衛門
子方 源義経 味方慧
ワキ 武蔵坊弁慶 宝生欣哉
ワキツレ 家臣 宝生尚哉
アイ 大物浦の船頭 茂山茂笛 杉信太朗
小鼓 吉阪一郎
大鼓 河村大
太鼓 前川光範後見 味方團 青木道喜
地謡 樹下千慧 河村和貴 大江信行 分林道治
味方玄 浦部好弘 井上裕久 橋本擴三郎
時間の関係で前半は端折られ、後段、間狂言の前から。でも一応、弁慶のワキと義経の子方、それに家臣が登場。舞台が始まる。「銕仙会」のサイトから「ストーリーと舞台の流れ」をお借りする。以下。
間狂言が船を漕いでゆくと、辺りは異様な雰囲気に包まれます。
船は沖へと漕ぎ出し、一行は瀬戸内海を西へ進む。
ところが、出発して暫くした頃。船はにわかの暴風に見舞われ、高波に舵を取られて船中は大きく揺れ動く。そして…、
壇ノ浦で滅んだ平家一門の亡霊が、行く手の海上に現れた。後シテが出現し、子方に襲いかかります(〔舞働〕)。
安徳天皇を中心に、勢揃いした平家一門の亡霊たち。その中でもひときわ禍々しい妖気を放つ、一人の武将。彼こそ、滅びゆく平家一門の全てを見届け、壇ノ浦の露と消えた、総大将・平知盛の怨霊(後シテ)であった。
「義経よ、ここで会うとは珍しい…。そなたに追い詰められた我等の末路と同じように、今度はそなたを、海の藻屑としてくれようぞ」 知盛は、一行の船に襲いかかる。ワキの祈りによって後シテは撃退され、この能が終わります。
応戦する義経。しかし相手は亡霊、刀では対抗できない。弁慶は義経を押しとどめると、数珠を押し揉み、法力によって撃退しようとする。
弁慶の祈祷とともに、亡霊の姿は次第に遠ざかる。怨霊の群れから逃げるべく、船頭は渾身の力で船を漕ぐ。なおも迫り来る亡魂を祈りによって追い払い、遂に船は逃げきることができた。あとには波の音だけが、そこには残っているのだった…。
もちろん見せ場は知盛の亡霊が長刀を振り回し義経に打ちかかるところ。囃子方の演奏がよりピッチをあげる。たたみかけるように打ち鳴らされる小鼓、大鼓、そして太鼓。次第に激しさが増す。鳴り響く大音響。ワクワクが高まる。
ピッチを挙げる囃子に連動して、シテが奇妙な動きをする。足を交差、それから爪先立ちで移動。これが二回あった。
一体この嵐はどう収拾がつくんだろうか?怨霊は鎮められるのか?義経に迫る知盛の怨霊。鎮めるべく必死で数珠を鳴らす弁慶。ただただ呆然とする従臣たち。この三つ巴の緊張関係は、あっけなく終わる。怨霊は弁慶の祈りによって退散する。そのあとの静寂。そしてワキが粛々と退場。囃子方、地謡方も退場。
終わったあと、しばし呆然。すごいものを見てしまった!九郎右衛門さんのあの「乱れ」の所作があまりにも決まっていた。それまでの凛々しく戦う若武者の激しい動きに一点入る「乱れ」。でもこの乱れすら曇りなく、美しい。所作の一つ一つが、それらの流れが、こんなに美しい舞手を見たことがない。大きな方ではないのに、舞台ではどれほど大きく見えたことか。長刀を振り回す様はいかにも勇将知盛。怨霊であるのに気品高く、凛々しい。そして美しい。二階席しか取れなかったのだけど、でもこれでよかった。近くで見ていたら興奮して見苦しい行為に及んだかも?それぐらい、迫力があった。遠い昔の出来事ではなく、今、ここで起きているようなそんな感じがするほど、リアルだった。リアルなんだけど、やっぱり理想の武将を表象する一つの美、アイコンなんですよね。こんな不可能なインテグレーションを具現化して見せてくれる片山九郎右衛門という能役者。すごいです。ずっと見ていたい。