yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

新春浅草歌舞伎公演『極付幡随長兵衛』1月25日浅草公会堂

さすがに黙阿弥作。構成がすばらしい。原作序幕は「角力場」から始まるそうだけれど、明治14年に河竹新七が改訂、現行の序幕「村山座舞台場」にしたという。この方が長兵衛の堅気の衆を気遣う気持ちがよく分かる。加えて、劇中劇の醍醐味も加わり、趣向としてはより面白いものとなっている。私がこの芝居を最初に観たのは1994年6月歌舞伎座、最晩年の萬屋錦之介の長兵衛でだった。水野十郎左衛門は当時の片岡孝夫。侠客中の侠客という役どころを演じるには錦之介はいささか弱々しい印象があった。とくに大立ち回りをする「湯殿の場」ではそれが目立った。でも歌舞伎座の観客はとても優しく、彼が舞台に登場するとやんやの拍手とかけ声で迎えた。

海老蔵はさすがに(というべきか)この大役をみごとにこなしていた。たしかに長兵衛にしてはいささか「若い」という感じはあったけれど、なかなかの貫禄だった。特に良かったのは女房孝太郎とのからみ。この人にしては珍しく情味があった。孝太郎という受けてがそれを引き出すだけの器量だったからかもしれない。孝太郎がこういう役を完璧にこなすのに舌を巻いた。同じく女形の伯父、秀太郎とはタイプが違い、上方風を消したどちらかというと江戸風の女房である。秀太郎が近松の人情劇では他を寄せ付けない魅力をみせつけるのとは対照的に、気風のよい江戸前女として屹立していた。夫、長兵衛への細やかな感情、気遣いをみせるところ、それが(上方風の)大仰ではなく、リアリズムに近い演じ方で、みごとだった。私はどちらかというとこっちの方が好みかも。そのさりげなさのなかにも、細やかな情をにじませた演技をみて、「この人、こんなに上手かったんだ」と、改めて感じ入った。一昨年7月に観た『番町皿屋敷』でのお菊役にもうなったけれど、今回ももうけものをした思いである。さすが松嶋屋。

そして、海老蔵。ここでは不思議とあまり前へ前へと出ないことを心がけていたのでは。私がみたのが千秋楽前前々日だったせいもあるのかもしれないが、この何十日間に届いた批評、それが彼独自の「幡随院長兵衛」という人物の解釈へと結実した結果をじっくりとみせてくれたのではないかと思う。ともすれば勢いにまかせてといった感もある海老蔵だけれど、この長兵衛はずいぶんとうちに溜めた演技だった。その分、「湯殿の場」での図がより際立ってみえた。立ち回りそのものも歌舞伎の流儀に倣って派手ではないのだけれど、その分、侠客としての矜持が強く出ていた。若手ばかりのこの舞台で、どこか一抹の「老成」の影をみせてくれたように思う。

愛之助の水野は予想通りというべきか、あまり意外性がなかったのが逆に残念。もうすこしその二面性を、とくにそのドロドロしたイヤな面を露骨にみせた方が良かったように思う。大衆演劇でも『幡随院長兵衛』としていくつかの劇団でみたけれど、それらではドロドロをかなり強調していた。あまり過激にやると、最後に「殺すには惜しい男」というせりふが生きないのは事実だけれど、そのあたりの微妙な心理にもう少し踏み込んでも良かったのでは。

同じことは長兵衛の弟分、唐犬権兵衛役の亀鶴にもいえる。もう少し大胆に豪放に演じて欲しかった。なにか「遠慮気味」の印象があった。それだと観ている方は不完全燃焼になってしまう。

壱太郎はやはり女形役者。長兵衛の子分の役柄には無理があった。いつも「どうにかならないの」と思ってしまう。一番若手の種太郎はよくがんばっていたけれど、大衆演劇の上手い若手を見つけていると、ややもの足らない。

若手の多かったこの公演で、比較的年配の片岡市蔵、市川右之助の(いささかチンプな表現ですが)渋い演技が光っていた。