yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『海神別荘』シネマ歌舞伎@京都南座5月5日

泉鏡花の戯曲を玉三郎が演出・主演したもので、舞台映像である。
以下にシネマ歌舞伎公式サイトからの写真を転載させていただく。

2009年7月の歌舞伎座公演を録画したもので、美女役の玉三郎の相手に海老蔵、脇を澤瀉屋一門の笑三郎、猿弥、門之助が固めている。のっけから幻想的なそして華麗な舞台に圧倒される。海底の公子への美女の輿入れ場面は海の様子をヴィジュアライズしたもので、普通の歌舞伎舞台では考えられないほど大掛かりな大道具が使われていた。また馬ならぬ龍がひく車にのって美女が海中を旅してくる様子も圧巻だった。歌舞伎というより、劇団新感線の舞台に近かった。特にそのスペクタクル度において、そしてそれを可能にする莫大な費用のかけ方において。歌舞伎でも廻り舞台、あるいは大仕掛けな舞台装置はあるけれど、ここまでの立体性はない。その意味でも、歌舞伎的ではなく、どちらかというと西洋的な、バレエの装置を思わせるような舞台であった。実際に劇場でみたら、迫力は相当なものだったに違いない。ここまでの過激さは、玉三郎だから(そして他の大御所たちの邪魔がなかったから)可能だったのだろうし、彼を支える澤瀉屋の手練の、そして若手の役者という協力者がいたから可能になったのだろう。

サイトからとったストーリーは以下である。

琅玕殿(ろうかんでん)の公子のもとへ、地上の美女が、公子に仕える女房や黒潮の騎士たちに伴われて、輿入れのために向かっています。公子は博士や沖の僧都(そうず)と語り合いながらこの様子を眺め、その美しい姿に嘆息します。宮殿に到着した美女に公子は優しい言葉をかけて、美酒でもてなします。美女はその幸福感を語りつつも地上への未練を訴え続ける為、公子は不機嫌となり、美女がもはや人間ではなくなったことを告げます。美女は深く悲しみ、水底の世界を受け入れようとしません。公子は次第に怒り、美女を斬ろうと剣を向けます…

舞台が西洋的だったということもあり、思わずギリシア神話のペルセポネーを連想してしまった。ペルセポネーは生け贄としてではなく、冥府の王であるハーデースにさらわれてしまうのだが、いやいや肉親の住むこの世から連れ去られてしまうところ、そして最後には観念して夫と仲睦まじく暮らすことになるなんてところはそっくりである。

玉三郎が巧いのはもちろんだったが、海老蔵が健闘(?)していた。最初台詞回しがいささかぎこちない感じがしたのだが、玉三郎とのやりとりでは本領発揮。千両役者の必須条件である朗々とした声と調子で芝居を盛り上げていた。それが表層的な声というのではなく、玉三郎がしかけてくる深みのある芝居と共振した調子になっていた。歌舞伎は役柄、その台詞を一つの記号として(抽象化して)観客側に投げかけてくるもの、つまりできるだけ役者本人の生身さをださず一つの型として呈示するものである。それによって解釈を観客に委ねることが可能になる。もっとも心理描写に力点をおく上方芝居はここのところがより抽象度は低くなるけれど。

『海神別荘』では歌舞伎の「型」に、それだけでは表現できないリアルな要素を絡ませることで、歌舞伎を超えた世界を現出させようとした試みだと思う。で、海老蔵はこのあやうい綱渡りを見事にやってのけた。玉三郎を超えてしまっていた。最近海老蔵をみてもその演技に感心することがあまりなかったので、これは儲け物をした気にさせてくれた。こういうとき、彼の中に何世代もに渡って脈々とながれきている「血」を思ってしまう。それは彼が意識しているものではなく、無意識の中から滲み出て来ているのだろう。

芝居中の台詞、それらはなんとも耽美的で、しかもどれも長い!役者泣かせの台詞だったに違いない。そういうところ、三島を思いだしてしまった。三島が作家として見習ったのは森鴎外と泉鏡花だといっていたわけが理解できた気がした。