yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

システィーナ歌舞伎『ユリシーズ』百合若丸弓軍功(ゆりわかまるゆみのいさおし)

松竹歌舞伎会の会報、『ほうおう』にあっと驚くような情報が掲載されていた。愛之助が座頭で『ユリシーズ』を舞台化するという情報。この『ユリシーズ』、『GOEMON』と同様、水口一夫作・演出だという。彼の『GOEMON』の脚本・演出には脱帽したので、この公演も反響をよぶに違いない。2月20日から22日まで鳴門のシスティーナ・ホールで上演されるとのこと。おそらくその後松竹座にもかかるだろう。観るのはその折になるかもしれない。

この歌舞伎式のタイトルにご注目。そもそも「若丸」という名称はかなり旧い、日本の演芸の黎明期ににまで遡るそう。これは郡司正勝さんの包括的歌舞伎、芸能の研究、『かぶき発生史論集』(岩波現代文庫)に章が割かれている。

しかもこのタイトルからも推測できるように、下敷きになるのは(想像するに)ホメロス原作『オデュッセイア』。ギリシャ神話の英雄オデュッセウスを主人公にした叙事詩。これ、英語だと『ユリシーズ』になるんですよね。それにしても『ユリシーズ』とは!ひょっとして水口さんの学部は英文科?『ユリシーズ』と銘打つからには、当然ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』が念頭にあったはずですよね。このやたらと難解な作品は英文学研究者でもほとんど読む人がいないという代物。私もペン大の大学院の「批評理論」のコースで初めて読んだ。白状すれば、「読んだ」のではなく、単にスキミングをしただけ。こんなへんてこりんな小説、だれが真面目に読むの?と思ってしまった。もとのホメロス(英語だとホーマー)はどこへやら。ダブリンに暮らすさえない男、レオポルド・ブルームのある一日を詳細に(退屈と猥雑が渾然一体となって)描く小説。もちろんこれはギリシア悲劇が「一日を舞台にする」のと対応している。

水口さんが目指したのは、『GOEMON』のときと同じく和と洋とのコラボレーション?ホメロス原作『オデュッセイア』はジョイスの作品と違い、英雄の血湧き肉踊る活躍を描くもの。だからこの『ユリシーズ』、どんな作品に仕上がっているのか、ワクワクする。三島由紀夫が生きていたら、挑戦したかもしれない試みだとも思う。水口さん、そして愛之助、着想がすばらしい!

補足
「百合若」としたのにはもうひとつソースがあるらしい。「百合若伝説」がそう。中世日本の各地に流布していたという。百合若という武者にまつわる復讐譚だそうで、それをもとにした幸若舞があったという。嵯峨天皇の時代というから8世紀。また、「身毒丸」(藤原竜也が出ていたあれです。これが歌舞伎では『攝州合邦辻』の俊徳丸になった)と同じく説教節にもとりいれられていたという。Wikiの当該サイトでは、坪内逍遥が「ホメロスの『オデュッセイア』が室町時代に日本に伝えられ、それが翻案されたのが『百合大臣』である」という(珍)説を『早稲田文学』に発表した」とか。こういう百合若伝説のモチーフと『ユリシーズ」の「ユリ」とをかけたのですね。面白い!それだけでいかに意欲的な作品に仕上がっているか、想像がつく。