yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

ロイヤル・バレエ「コッペリア」in 「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2019/20」@TOHOシネマズ西宮 1月26日

公式サイトからの情報が以下。

  • 振付】ニネット・ド・ヴァロア
  • 【音楽】レオ・ドリープ
  • 【指揮】バリー・ワーズワース
  • 【キャスト】

スワニルダ:マリアネラ・ヌニェス
フランツ:ワディム・ムンタギロフ
コッペリウス博士:ギャリー・エイヴィス
市長:クリストファー・サウンダース
宿屋の主人:エリコ・モンテス
スワニルダの友人:ミカ・ブラッドベリ、イザベラ・ガスパリーニ、ハンナ・グレンネル、ミーガン・グレース・ヒンキス、ロマニー・パイダク、レティシア・ストック
ペザントの女性:マヤラ・マグリ
公爵:ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド
オーロラ(曙):クレア・カルヴァート
祈り:アネット・ブヴォル

 

発明家のコッペリウス博士の家の窓辺には、本を読む美少女コッペリアの姿がある。フランツは彼女のことが気になって仕方ない。フランツの婚約者スワニルダはやきもちを焼くものの興味津々。友人たちと人形たちが並んだコッペリウスの工房に忍び込む。そこでコッペリアも実は人形であることを発見するが、帰ってきたコッペリウスに見つかって追い出される。スワニルダは一人隠れてコッペリアに変装する。やはり忍び込んだフランツにコッペリウスは一服盛って眠らせ、彼の魂をコッペリアに乗り移そうとする。スワニルダは息を吹き込まれたコッペリアのふりをする。コッペリウスの騒動が一段落すると、恋人たちは村の広場で祝福され、結婚式を挙げる。

 

『コッペリア』はE.T.A.ホフマンの小説「砂男」を原作とし、1870年にパリ・オペラ座で初演。美しい人形コッペリアに恋したフランツとその恋人スワニルダ、そしてコッペリアを生み出したコッペリウス博士が織りなす、ロマンティック・コメディ。英国ロイヤル・バレエで踊られているのは、バレエ団創設者ニネット・ド・ヴァロア版で、1954年の初演からレパートリーとして大切に踊られてきた。クラシック・バレエの技巧からコミカルな人形振り、民族舞踊までちりばめられ、ドリープ作曲による美しいメロディと共に、幅広い世代に愛されている。マリアネラ・ヌニェスのコメディエンヌぶり、ワディム・ムンタギロフの華麗な超絶テクニックは必見。
尚、特別映像の中にはデビュー時のヌニェスの姿が映るが、その時主役スワニルダ役を演じたのは吉田都だった。

スワニルダ役のマリアネラ・ヌニェスはおそらくロイヤル・バレエのプリンシパルの中で最高位のダンサー。彼女を実際の舞台で見たのは2017年10月の東京文化会館での「ルグリ・ガラ」だった。直近でロンドンに滞在した2018年に見たバレエの中に、彼女の出演はなかった。この「ルグリ・ガラ」を除いては、シネマ版でしか見ていないことになる。そのシネマ版が『アナスタシア』、『白鳥の湖』、そして昨年の『ラ・バヤデール』。いずれも彼女が主役を務めていた。引退することになっているらしい。三十代後半、体力維持はかなり難しいのかもしれない。

綺麗なダンサー。でも悲劇には陰影が足りないように感じていた。だから今度の『コッペリア』でのコメディエンヌ役はハマリ役。本人も思う存分羽を伸ばして演じることができたのでは。若い娘ゆえの高慢、好奇心、冒険心、そういう心理を、舞踊で目いっぱい表現して秀逸だった。楽しさが、こちらにも伝染した。

もう片一方の主役のワディム・ムンタギロフ。彼の実舞台を見たのは「ルグリ・ガラ」のみ。あとは『白鳥の湖』、『ラ・バヤデール』、そして『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』はすべてシネマ版。その名から推察できるように、ロシア出身。その王子然とした容貌、非常に高い背、長い手足という、主役にふさわしい外見に恵まれている。それに加えて、ウルトラ級の跳躍力、その並外れた軽さ。しかも美しい。また、おそらく現在のロイヤル・バレエの構成員の中で最も優れた人だと思う。以前に見たロイヤル・バレエでは短足で容貌イマイチの男性ダンサーがほとんどだったから。ムンタギロフは陰影のある役より、こういうコメディタッチ作品の方がニンにあっている。その意味で、このヌニェス/ ムンタギロフのプロダクションは大成功だっただろう。他のダンサーがここまでのレベルに到達しているとは思えないので。ある意味、歴史的瞬間に出会ったのかもしれない、大袈裟でなく。

他に(多分)8プロダクションが『コッペリア』の舞台を務めるらしい。まさかあのコリアン・ダンサーは出ていないんでしょうね。ロイヤル・バレエには必ずといっていいほど、あの人が出ていた。パリ・オペラ座を見倣うべきでしょうね。「白人至上主義」を標榜しているわけではない。しかし、身体的特徴が東西ではかなり異なっているのは事実。それが西洋発祥のバレエを演じる場合、影響しないわけがない。

他のダンサーでよかったのが、まずコッペリウス博士を演じたギャリー・エイヴィス。いかにも老人ぽかったのに、カーテンコールで登場した彼は背の高い姿の綺麗な、そして優雅な男性だった。老人ではない。当然ですね、その身体能力をギリギリまで発揮しなくてはならないバレエの踊り手。老人では務まらない。

それと、「オーロラ(曙)」役のクレア・カルヴァートがそのダイナミックな踊りで群を抜いていた。ダイナミックなのに優雅なんです。もう一人、「祈り」役のアネット・ブヴォルも素敵だった。カーテンコールでもこの二人はとくに大きな拍手を浴びていた。

現地評(by Jim Pritchard 12/12/2019付)もこのプロダクションを褒めている。

『コッペリア』、なんとロイヤル・バレエは2006年以来とのこと。まず、指揮者のBarry Wordsworth氏が幕間インタビューで明らかにしたように、Léo Delibes作曲のスコアをほぼ踏襲したと紹介されていた。またMarius Petipaによる振付けを基にしたLev Ivanov 、Enrico Cecchetti’s 両者のMoscowモスクワ上演時のものをほぼそのまま使っているとのことである。作曲、振付け共に、元の傑作を正確に再生することで、よりダンサーを生かすものになっているとのこと。バレエとしては、普通の舞台で見かけるやたらと多いコール・ド・バレエが少なめだった印象。それにより、逆にストーリーの流れがスムーズに感じられた。

このバレエ初演時のヨーロッパの不穏な歴史、政治的背景にも言及されていて、参考になる。膝を打ったのが、以下の記載。私も見ている間、ずっと気になっていた。

Depending on the production, the ballet can take a more sinister turn as Coppélius tries to transfer the ‘life-force’ – Dr Frankenstein-like – from a drugged Franz to his creation in the second act, but Ninette de Valois – or ‘Madam’ – somewhat glosses over this in her version despite Coppélius’s attempts at magic spells.  

フランケンシュタインもそうだけれど、私の脳裏にはサイボーグの人形が登場する押井守の『イノセンス』とマゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』(原題:Venus im Pelz、1871)がちらついていた。『コッペリア』がパリで初演されたのは1870年。コッペリウス博士に『毛皮を着たヴィーナス』でのゼヴェリーンが被った。時代背景が被っていることも気になった。テーマはかなりずれるんですけどね。

それと、「オーロラ」、「祈り」のダンサーが出てくるのも、腑に落ちた気がした。なんか唐突だと見ているときは感じたのだけれど、この二人はコッペリウス博士によって「汚された」場を浄化するという意味を持っていたんですね。