yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

橋本光史師シテの能『船橋』in 「京都観世会四月例会」@京都観世会館4月28日

京都観世会の例会は能が三本入っている。この日は『歌占』、『熊野』、そしてこの『船橋』だった。『船橋』が強く印象に残ったのは、これが初見だったことと、演者が(おそらく)三人の内、もっともお若く勢いがあったからだろう。

以下が演者一覧。

シテ(里の男、後に男の亡霊):橋本光史

ツレ(里の女):河村和晃

ワキ(山伏):有松遼一

ワキツレ(山伏):小林努 原 陸

間(里人):小笠原匡

 

笛   杉信太朗

小鼓  林吉兵衛

大鼓  石井保彦

太鼓  小寺佐七

 

後見  橋本擴三郎  橋本雅夫

 

地謡  浦田親良 大江広祐 宮本茂樹 深野貴彦

    浅井道昭 杉浦豊彦 井上裕久 河村博重 

以下、「銕仙会能楽事典」からお借りした演目概要。

山伏の一行(ワキ・ワキツレ)が上野国 佐野の里に着くと、その里の男女(シテ・ツレ)が現れ、橋の建設のための寄附を乞う。男は、万葉集に登場する、昔この船橋で女と逢瀬をし、橋板を外されて川に落ち死んでしまった男の故事を語ると、実は自分こそその男の幽霊と明かして消え失せる。夜、山伏が弔っていると、男女の霊(後シテ・ツレ)が現れ、山伏の回向を喜び、昔の有り様を再現して見せる。 

 

男女二人が前場、後場と一緒に出てくるのを初めて見た。もっとも、後場で主として演じるのはシテではあるのだけれど。

山伏の祈祷で、シテ、シテツレ、つまり逢瀬をしていた男女の幽霊が登場。弔いに感謝して、亡くなった次第を見せるという。「銕仙会能楽事典」ではその場面を以下のように語る。

冴え渡る夜、人も寝静まった丑三つ時。橋の向こうに見えるのは愛しいあの人かと、心勇んで駆け寄って行き…、踏み外して落ちてしまう。
そう語ると、男女の霊は「恋の執心ゆえに地獄で苦しんでいたが、仏法の力で救われた」という言葉を残して、消えていったのであった…。 

この橋から落ちる様を語るシテの動きは、切れがあると同時に運命を呪う悲しみが湛えられていた。単に綺麗な所作でないところに、感激した。計算してというより、役になりきった上で出てくる自然な動きだった。この若い男のピュアさが際立っていた。夫ある女の元に通っていたこの男。それがために橋を外され、死ぬことになる。挙句の果てに地獄で苦しみを受けている。それしきのことで、そこまでの苦しみを課されるのは、なんとも不条理である。

ともあれ、それが山伏の祈祷によって救われるところに、観客もほっとするのである。

この曲の由来を読んで、納得した。もとは田楽の能であったのを猿楽がレパートリーに組み入れ、それを世阿弥が改作したものだとか。だから世阿弥以前の古態がのこっているという。私にはその辺りはよくわからないけれど、「素直」な曲であることはわかった。

以下がこの日の公演チラシ。

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