yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「脇役」、『池波正太郎自選随筆集2』より

「自選随筆集」は3巻全部揃えて、暇があればぱらぱらと読み返している。以前に読んだところも、再読すればまた違った感興がある。優れた随筆はそういうものだろう。向田邦子さんの随筆もそのようにして、何度も読んだっけ。

どの章、項目もそのひとつひとつに池波正太郎その人の人となりが如実に出ている。思わず目を空にやって、迸る思いを留めずにおれないこともある。私自身が演劇、映画に強い関心があるからだが、それらを扱った随筆にはとりわけシンクロしてしまうことが多い。

中でも「脇役」は繰り返し読んでいる。池波正太郎が子供の頃ファンだった『鞍馬天狗』。映画の主役は嵐寛寿郎だが、そこに登場する脇役の一人に、黒姫の吉兵衛役の玉島愛造がいた。この人を正太郎少年は高く買っていたようだ。だから、後年(昭和35年)に彼が松竹の時代劇映画『敵は本能寺にあり』の脚本家(すでに新国劇の座付き作者として名を成していた)として京都撮影所に出入りしていた折、老いた玉島愛造をすぐに認めることができたのだ。監督は渡辺邦男。主演は幸四郎と山田五十鈴。監督が彼らに演技を付けている間も、玉島愛造は撮影所の一隅で、辛抱強く出番待ちをしていたのだという。自分の出番が来て監督が演技をつけるとき、「玉島老人はまるで初舞台のときの若者のように、真摯そのものの表情で聞き入り、何度もうなずいた」(320頁)。台詞はたった一言だったそうである。

ほどなく『日本映画俳優全集・男優編』(1996年に増補改訂され、『日本映画人名事典・男優編』となった)がキネマ旬報社から出たので、池波は早速彼の名を確認したそうである。ちゃんと載っていた。即刻確認したところ、いかにも池波らしい。

だから、『鬼平犯科帳』ででも、脇役に対しての心遣いは並大抵でなかったのだろう。主役の吉右衛門、そして播磨屋の「番頭」である又五郎もさることながら、猫八などの脇役の人選がすばらしいのは、そのおかげに違いない。

池波自身が新国劇と深く関わっていた所為もあり、与力・沢田小平次役はシリーズ最終まで新国劇出の真田健一郎が担当した。個人的にも近かったためだろう、助言もいろいろしていたようである。この真田健一郎は、この実直そのものの与力役にぴったりで、余人を持って替え難い。ほんとうに良い味を出している。でも2008年に亡くなっている。亡くなっているといえば、同じく与力役の高橋悦史(文学座)は1996年に、御木本伸介(文学座)は2002年に亡くなっている。

このような味のある脇役は昨今少ないのではないだろうか。『鬼平』シリーズのDVDをみていると、彼らがどれほどドラマに深みと奥行きを加える重要な役割を果たしているかが、最初の10分程度みただけでも直ちに理解できる。その目で今のテレビドラマをみると、ドラマの脚本が悪いのはもちろんだが、脇を固めるはずの役者不足がドラマ自体を貧相に、薄っぺらくしてしまっていることがよく分かるだろう。