yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

蔵田敏明著『池波正太郎が歩いた京都』淡交社、2002年刊 

またもや図書館から九冊もの池波関連本を借り出してしまった。そのうちの三冊が面白かったので、古書でも注文をした。表題にした本と『池波正太郎と歩く京都』(新潮社、2010年)、そして『池波正太郎の世界』(平凡社、1998年)である。すべて写真つきの小冊子である。なかでも、「鬼平」や「剣客」、「仕掛人」のテレビ、映画、舞台のプロデュース、演出、脚本を手がけた人たちへのインタビューが載っている表題本は参考になった。

池波正太郎が歩いた京都 (新撰 京の魅力)

池波正太郎が歩いた京都 (新撰 京の魅力)

ここしばらく「鬼平」シリーズをDVDで観てきたので、その舞台裏がどうなっていたかが分り、非常に興味深かった。松竹が担ったのだが、松竹時代劇の傑作を送り出したプロデューサーの能村庸一さんへのものが面白かった。この人は吉右衛門の鬼平シリーズのプロデュースをした人だが、その挨拶に池波邸を訪れた折の池波のことばを紹介している。

『鬼平犯科帳』のご挨拶に上がった時、いろんな話をされていましたが、演出をしてみたいとおっしゃていたのが心に残っています。何故かといえば、最近の映像はどうもリアリティのない演出が多くて、納得いかない。

池波はテレビ化するにあたって、長谷川伸門下で同門の信頼おける市川久夫に委ねたのだが、あくまでも「原作ありき」という姿勢を徹底させたそうである。能村には、「構成とかディテールとかを変えるのは別に構わない。作品のテーマとか、大事な設定を変えられると、なんのためにやっているのかわからないから」と言ったという。

能村はまた次のようなやり取りを紹介している。

脚本を見せると、江戸時代のセリフのちょっとした語尾、これを直してくれる。それは我々にとってはありがたいことでした。原作に沿わすといっても、池波さんは非常に映画の好きな人でしたから、小説そのものを読むとわかりますが、そのまま映画になるような本を書いているんです。
(中略)
どうして池波さんの番組はヒットするかというと、僕が思うに非常に年寄りにやさしい、そこにあると思うのです。物語に出てくる人物像はみな面白い。古今問わず、我々は年寄りを元気のない脇役と考えがちですが、池波さんはその人々を非常に智恵のある、人生を心得た人たちと見ています。だから泥棒が出てきても、泥棒一筋に磨き上げた名人芸みたいなものが描かれていて、非常に敬意を示している。実際、仕事を麻植、あとは死ぬばかりとなった人間がそんなに輝いて見えることはないんだけど、時として一生をかけてやってきた、その年輪だとか、生き様を大事にしている。・・・人間に対する洞察力の凄さ、さらに池波さんの中にはフランスのジャン・ギャバンのフィルモグラフィーと黙阿弥の生世話物が同居している。白波みたいな滅びゆくものに対してのシンパシーがある。

「人間に対する洞察力」の件と「フランスのジャン・ギャバンのフィルモグラフィーと黙阿弥の生世話物が同居している」、そして「白波みたいな滅びゆくものに対してのシンパシーがある」というところ、まさに的確に池波の本質を捉えている。

人間をみつめる目、それが徹底している池波作品を具現化するにはリアリティのある時代劇を志向せざるを得なかったという。土台、虚の世界であるドラマの中で、いかに池波の登場人物を映像化したのか、その要諦を能村はつぎのように言う。

人間は悪いことをやりながら良いこともやるでしょう。・・・鬼平の場合は、長谷川平蔵のなかに無頼とインテリジェンスの両方がある。そのどちらが欠けても駄目。そのあたりの変わり目が、吉右衛門さんは見事で、感覚的にスッと入れたのではないでしょうか。
(中略)
(『鬼平犯科帳』は)原作研究から始まった番組作りです。・・・あの番組には感性の襞がいっぱいあるんですよ。役者の魅力、原作の魅力、鬼平世界の魅力、脇役の魅力。

この他にも鬼平の名脇役で新国劇出身の真田健一郎へのインタビューなどの魅力的なエピソードが満載である。