この日は津川竜座長の誕生日公演でした。昼の部が長引いて、始まりは10分伸び、5時10分からでした。お芝居だけで約2時間に及んだのですが、待った甲斐があったすばらしい舞台でした。
大衆演劇版が段平の素朴さ、一徹さに焦点を合わせ、「大衆演劇の観客に分りやすいよう、親近感をもってもらえるように」というところに照準を合わせたダイジェスト版だったのに対し、はる駒座のものは伏線となるエピソード、サブプロットをメインプロットにきちっと組み込んだ複雑な造りの完全版でした。対象としている観客が違っているのだから当然でしょう。はる駒座のものは、ちょっとモッタイナイ気がしました。でもお芝居が終わるころには感動の吐息がここそこから漏れ出ていましたので、この舞台が並外れた一級品であることは皆さん分ったのだと思います。これは商業演劇の劇場に乗っても5千円以上の料金を取ることのできる舞台でした。実際に津川座長は2010年4月23日、24日の両日、大阪 阿倍野区民センター大ホールでこの芝居を打っています。このとき、見に行くつもりだったのですが、丁度新学期の始まったところで、目が回るほどの忙しさ、結局諦めたのです。
原作は長谷川幸延で、何回か映画化されていますが、1962年大映のもの(脚本:黒澤明)が一番人口に膾炙しているようです。段平を二代目中村鴈治郎が、新国劇の創始者、澤田正二郎を市川雷蔵が演じています。映画の筋を紹介したサイトからみる限り津川竜版はこの映画版に忠実な筋となっています。なんといっても黒沢の脚本だから、安心ですよね。山あり谷ありと観客を飽きさせません。またサブプロットの設定も実に巧妙です。
中村鴈治郎が段平を演じたとなると、映画版段平はずいぶんアクの強いキャラクターとなっていたと想像できます。なにしろ中村鴈治郎、この人は「化け物」ですから(三島由紀夫の『金閣寺』を映画化した『炎上』ではあの雷蔵を喰っています)。津川竜さんは鴈治郎とは180度ちがったニンの方(どちらかというとインテリっぽい)ですが、それが段平の弱さ、脆さを浮き上がらせるのに役立っていました。単純で、頭は殺陣のことでいっぱい。でも憎めないカワイイ男としての段平像が無理なく描出されていました。
はるかさん演じる女房のおはる、うなりました。上方弁が自家薬籠中のものであったのはもちろんですが、段平への深い愛情が(お二人が実際の夫婦であることとも重なって)しみじみと伝わってきました。
もう一つ、心から賞賛を送りたいのは劇団員さんたちの演技です。普段の公演の合間をぬってずいぶん稽古されたんでしょうね。子役たちもりっぱに演じていました。劇団が一丸となって座長をもり立て、この公演を成功させようという意気込みが痛いほど伝わってきました。先週の日曜日にはる駒座の『秋葉時雨』をみたつれあいが、商業演劇のレベルかそれ以上だといっていたのを思いだしました。「でも、大衆演劇っぽくないんだよナー」ということでした。
この本格的な芝居を木戸銭、たったの1700円でみれるとは、なにか申し訳ないような気がしました。