yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

プラハ着

去年のプラハは荷物が空港に届いていなくて、大変な思いをした。その苦い経験があるので、当座必要なものは手荷物に入れておいた(それでもMacAirのコードを入れるのを忘れていて、トランジットの待ち合いでPCが使えなかったのは残念だった)。今回、荷物はきちんと届いていた。どれだけホッとしたことか。さすがルフトハンザ!去年も放射能を怖れた航空会社が帰国便を飛ばさなかったのに、ルフトハンザはフランクフルトから成田まで飛んでくれたので、予定からそう遅れずに帰国できた。コペンハーゲンのルフトのエージェントもとても有能でかつ親切だったのにも感激した。

今度もう一つ感心したのが、食事やその他のサービスだった。機内食はひどいと相場が決まっているので(特にアメリカ系)、まったく期待はしなかったのに、全日空を抜いて私の中ではトップになった。ゲートの待合所に10種類ばかりの新聞(ドイツ語のものがほとんどだけど、Wall Street Journal、USATodayがあった)と無料ドリンクのサービスまで提供されていて、驚いた。また、フランクフルトーープラハのたった2時間のフライト中でワイン等のドリンクサービスに加えて、ギリシャ風サラダ(これ美味だった!)が出たのにも驚いた。アメリカ系航空会社は今やアルコール、食べ物には課金するするんですからね。それもクゥオリティの低い物に。

なににもまして肌身で感じたのはドイツの豊かさだった。ギリシャ国債のデフォルト問題等でユーロ危機が現実のものになっているが、ドイツが支えになっている限り、ある程度の期間は持つかもしれないと思い始めた。「南北問題」ともいえる極度の貧富の差を抱えた上に成立しているのがアメリカの資本主義だとすれば、ドイツは全体が豊かになった資本主義なのだ。人に余裕があるように思った。もちろん街に出てみれば違った印象をもつのかもしれないけれど、それでも空港の施設のグレードの高さ、充実度、人のサービスの質の高さという点では、日本と双璧をなしているのは間違いない。空港施設が以前よりはるかにモダナイズされているのに去年驚いたのは記事にした。

でも「はちゃめちゃさ」がまったくないというのは、ちょっと淋しい気がしないでもない。そういうのを「ないものねだり」というんですよね。アメリカのとんでもないサービスにかなり慣らされてしまったのかもしれない。でも日々生活するとなると、やっぱりドイツ人の律儀さ、真面目さ、勤勉さをありがたいと思うだろう。ドイツは住むにはとてもよい国のような気がした。

ヨーロッパに年に1度の割合で出向くとするなら、ルフトハンザのマイレージサービスに入ろうかと考えている。今まではすべてのマイレージをスターアライアンスのユナイテッドのアカウントに統一していたのだけれど、ユナイテッドのサービスのひどさには辟易しているところなので。