團菊祭は毎年5月に歌舞伎座で演っていたもので、松竹座にかかっているとは驚いた。歌舞伎座が改築中だからなのだと、大分経ってから気づいた。東京の人間ではないので、歌舞伎座が工事中とはなかなかピンとこないのだ。そういえば毎月歌舞伎座に遠征していたとき、團菊際も何回か観たものである。その頃なら、「なんで?」なんて訝ることもなかったのに、東京とはずいぶんと疎遠になってしまった。
今度の團菊祭夜の狂言の一つは、ご存知黙阿弥の『弁天娘女男白浪』、その「浜松屋」の段での菊五郎の弁天小僧は、以前のような若さ特有のシャープさ、軽さがなかった。でも音羽屋のお家芸とでもいうべき弁天小僧のつらねは見事に決まっていた。この部分は他の歌舞伎役者で彼以上の役者はいないと思う。あの勘三郎でも。第一、「寺島の」ってできるのは、音羽屋だけだもの。
このつらねは黙阿弥ならではのもので、それも江戸戯作の伝統の上にある、類語、縁語、掛詞を駆使した修辞の集大成的傑作である。代々音羽屋のもち芸の一つだったから、菊五郎の語りには、何か自負、自信といったものがにじんでいて、それが他役者との違いになっているような気がする。こちらにそうみえてしまうというのは、あるかもしれないけど。
團十郎はこれまたある種の「奇形」(いい意味での)である。あのちょっと高めの声は若い頃にはかなりのマイナス点だっただろうけど、それなりの年齢になったとき「若さの演出」にはこういう高い声が威力を発揮する。『弁天娘女男白浪』では日本駄右衛門役だったが、中年の男を演じて説得力抜群だった。
三階席だったので、役者の「皺」が見えないことがよかった。去年の顔見世で懲りたから。とはいえ最前列だったので、オペラグラスなしでも、表情、所作はかなりはっきりと見えた。これもよかった。歌舞伎鑑賞にはこのあたりがいちばんコスパがいいかもしれない。弁天小僧役の菊五郎の片肌ぬぎの時のあまりにもリアルな肉体を間近ではなくて遠くからみたので、年齢のみが身につけることのできる「芯のあるふてぶてしさ」の演技が逆に浮き上がってきた。さすが菊五郎。以前の「ちょっと軽め」の弁天小僧ではなく、堂々とした弁天小僧で、これもよかった。息子の菊之助のものを彼が十代の頃にみたけれど、それはそれでとてもかわいい、弁天小僧でよかった。でも菊五郎のあの味を出すにはまだまだ時間がかかるだろう。歌舞伎には型の中で磨かれる芸が求められているから。
大衆演劇をここ2年みてきて、主役をはる役者には「時分の花」、つまり若さが大きな意味をもつと分かった。この点だけは三島由紀夫の見解と私のそれはずれている。とはいえ、あの「くさやの干物の味」好みの三島だって玉三郎の若さにはずいぶんはまったのだけれど。大衆演劇では必須条件である「若さ」は歌舞伎の場合はそうならない。というのも、歌舞伎は一般的演劇というより「伝統演芸」にカテゴライズするべきもので、何百年も受け継がれてきた型があらかじめ厳然とあり、役者はそれを守ること、その型の中で先人の優れた演技にどれだけ近づくか、どう工夫をするかというところに専念するから。能に比べればまだ自由度は高いのだろうが、若さを含めて役者個人の個性が思う存分出せるところまでの自由はないだろう。歌舞伎での「芸を磨く」ということは、そういうことだと思う。ただ、それは歌舞伎がもともともっていたその時代、気分、に自在に合わせて芝居をつくりあげるという精神からは離れてしまっているのも事実である。若さ、瑞々しさ、陽気さ、いかがわしさ、そういったものをぶち込んで繰り広げられる舞台の非日常空間に身を置くということが、不可能に近くなっている。
芝居に比べると、舞踊の方が案外自由度が高いのかもしれない。個性がそのまま出るし、それをまた許容するから。菊之助の「春興鏡獅子」は初々しくて、これを観るだけでも来た甲斐があったと思うくらいよかった。六代目菊五郎が復活させた舞踊だから音羽屋の十八番の一つになるのだろう。1時間の舞踊で、でも退屈することがなかった。いままでに有名どころの「鏡獅子」をいくつもみてきたが、これが最もよかった。お父様の菊五郎のものよりもよかった。
そんなにがむしゃらに努力する人とは一見みえないけれど、菊之助という踊り手、ただ者ではない。海老蔵が新之助、彼自身が丑之助といっていた頃からのライバル同士なのだから、当然と言えば当然かもしれない。こういう弥生は初めて見た。他の踊り手だと、「ホントは中年なの、でも16歳ということになっているから、そうみてね」と押し付けられている感じがするところ、菊之助はそのまま16歳の「花なら莟」という弥生を描出していて、みている側も素直にそう受け取れた。弥生をどう演じるかという舞踊の新しい境地を拓いたのだと思う。その意味で大衆演劇のすぐれた舞踊劇との共通項を強く感じた。お母様といいお姉様といいただ者ではない役者さんだものね。歌舞伎界の人でありながら、それをはみ出た部分を意識的に表現しているのが伝わってきた。これは芝居ではうまくだせないところだが、舞踊だと工夫の余地があるのだろう。
もう一つの狂言、『蘭平物狂』の尾上松緑にも感銘を受けたけれど、それは次の記事に書きたい。