アメリカで大学院生活を送っていたときにはゆっくりとテレビドラマを観ている余裕はなかった。毎日山のように出されるリーディングアサインメント、それの合間に書き上げなくてはならないペーパーとで、あっぷあっぷの状態だったし、休みといえば学期中に仕上げられなかったペーパーを書いていた。
で、テレビドラマを多少観れるようになったのは、その後1年間研究員として古巣に舞い戻ったときだった。クラスを教えてはいたけれど、学生の時のようにいっぱいいっぱいではなかったから。そのときによく観ていたのが "Law and Order" という探偵ものだった。
今でも新しいシリーズが放映中だけど、私がそのころ気に入っていたのはそこからスピンオフした"Criminal Intent" シリーズだった。元のシリーズも警察内部の事情が赤裸裸に描かれて面白いけれど、このシリーズは探偵と犯人との心理戦の描写が息苦しくなるほど細やかで、鋭くて、見終わった後はぐったり疲れてしまうほどだった。精神分析の手法を取り入れていたためだと思う。登場人物間だけでなく、視聴者をも巻き込んで、こちらがサイコセラピーを受けているような気になってしまう。
1時間のドラマだけれど日本の同種のものだったらその倍の長さにはなるだろうと思うほどの濃さだった。まず日本ではドラマとして犯罪へのこういうアプローチの仕方をしないだろうし、なによりも視聴者がそれを受け入れないだろうと思う。NHKであれ民放であれ、海外ドラマで買い取って放映しているのはもっと軽いものだから。
このシリーズは1、2を争うほどの人気で、もともとはNBCで放映していたのだけれど、のちに他局が買い取って毎晩夜中に流していた。だからアメリカのホテルに滞在中は夜中にずっと起きてこれを観ていた。
帰国してから、アメリカのアマゾンからシリーズ1から4までを送ってもらった。以下はシリーズ1のDVDジャケットである。俳優がひとくせもふたくせもあるような面構えでしょう?
このシリーズを含めて"Law and Order" の全シリーズの製作を担当しているのはDick Wolfでおそらくユダヤ系だと思われる。"Criminal Intent"は 主演がVincent D'Onofrioと Kathryn Elsbeth Erbe で、脇もそれぞれに実力派が固めている。テレビドラマの俳優たちはほとんどが舞台出身者(ブロードウェイ、オフブロードウェイ等の)で、演技力では日本のテレビドラマに出てくる俳優たちを凌駕している。だから観ている側もその世界に引き込まれ、シンクロさせられてしまう。
プラス、知的レベルが高い!ドラマの内容を深く理解するため、つまりそこに展開する犯罪の背景を理解するのにはある程度の教養が要求される。例えばシリーズ1に収められている"The Pardoner's Tale"はChaucerの『カンタベリーテールズ』中の同タイトルの話を下敷きにしていて、それから話の内容が想像できるというように。
シェイクスピアの作品中のセリフは頻繁にでてくるし、『不思議の国のアリス』中の人物やフレーズもよく出てくる。それが分かったからといってどうってことはないかもしれないけれど、でも知っているとおもしろさが何重にもなる。ちょうど日本文学にある「本歌どり」と似たアナロジー、アリュージョンの手法であり、楽しみ方なのである。
だから日本の推理ドラマのように、たんにだらだらと本筋とは関係ないサブプロットを垂れ流し、視聴者に何の緊張も、そして知的刺激も与えないようなものをみると、視聴者をバカにしているのだとしか思えない。それとも視聴者のほとんどがそういうドラマに見合っただけの人たちということなのか。
1年間ペン大に研究員でいたとき、図書館司書のジュリアナと親しくしていた。ダウンタウンで食事をしたあと、近くにある彼女の家に行き、リビングのソファに寝そべりながら二人でこのシリーズを一緒にみたことが何回かある。その都度3エピソード(つまり3時間分)をみたものだけれど、その間は必死に画面にかじりつき、トイレに立った場合はCMのあいだにミスしたところを埋め合ってみていた。
彼女はもともと台湾の出身でアメリカ人の大学教授と結婚したためにアメリカにやってきて、それからペンの大学院でMAをとったという女性だった。10年あまりにわたる結婚生活にピリオドをうって、そのころは独身だったので、そんなことができたのである。こういうドラマでの英語は聞き取りにくくて、12年もアメリカにいる彼女ですら、ときどき「え、今なんて言ったんだっけ」なんて、分からないこともあった。もちろん彼女が聞き取れなかったところが、私にできたわけもなく、二人で笑い合った。
このシリーズの最新版を観ると、主演者が歳をとったという印象で、自分も同様であるのは間違いなく、ちょっと複雑ではある。