yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

能『俊寛』 in 「京都観世会六月例会」@京都観世会館6月25日

以下が演者一覧。

シテ 俊寛僧都    観世銕之丞 
ツレ 平判官康頼   片山伸吾
ツレ 丹波少将成経  観世淳夫
ワキ 赦免使     福王和幸
アイ 赦免の船の船頭 茂山逸平 

後見 片山九郎右衛門、味方玄

大鼓 國川純
小鼓 成田達志
笛  森田保美  

地謡 河村和晃、大江泰正、梅田嘉宏、松野浩行
   浦部幸裕、越賀隆之、浦田保観、分林道治

例によって銕仙会サイトから拝借した概要を以下に。

概要
平家打倒のクーデター計画が露見し、鬼界島に流罪となった俊寛(シテ)・成経(ツレ)・康頼(ツレ)の三人は、この最果ての地で、遠い故郷を思い出しては今の境遇を嘆いていた。そこへ、赦免を知らせる使者(ワキ)が到着するが、赦免状には成経・康頼の罪をゆるすとあるばかりで、俊寛の名がない。じつは、俊寛ひとりだけは島に遺して来いというのが、赦免使が受けた命令であったのだ。絶望する俊寛を尻目に二人は迎えの船に乗り込む。自らも船に乗ろうとすがりつく俊寛であったが、力に任せて追い払われる。船は出発し、俊寛は絶海の孤島にただひとり遺されて、去りゆく船を見送るのであった。

『俊寛』といえば、私には近松作の歌舞伎(文楽)のそれしか思い浮かばなかった。だから、観世寿夫さんの『俊寛』をDVDで見たときは、あまりにもの違いに衝撃を受けた。確かに歌舞伎版の方が一般受けするかもしれない。なぜなら俊寛の「犠牲(精神)」によって、成経の現地妻である千鳥が夫と共に乗船できたという「お涙頂戴」的なエピソードで締めくくられるから。もっとも、近松はそこまで「安っぽく」はしないで、最後にしっかりと俊寛の絶望を描いてはいるのだけど。

能ヴァーションはもっとクール。赦免状には俊寛の名はなかったのだけど、それが信じれず、ためつすがめつ何度も赦免状を確認するいささか「浅ましい」俊寛が描かれる。なんども赦免状を確認する俊寛。やっぱり彼の名はない。それでも未練がましく、「赦免状の裏面に、包み紙に、どこかに名前が書いていないか」と探す。現実に戻り、狂ったように嘆く俊寛。その俊寛を後目にさっさと船に乗りこむ成経と康頼。あとを追って乗り込もうとする俊寛。挙げ句の果てに艫綱にすがりつく。しかし船頭は艫綱を切り落として、船を沖に出してしまう。残された俊寛はただ泣くばかり。ここには歌舞伎版俊寛の犠牲的精神も、矜持も見られない。ただただ、都に帰りたい一心の俊寛が、そしてそれが叶わなず絶望する俊寛のみがいる。見ている側も俊寛の絶望に共振して、心をえぐらたかのような心持ちになる。

ここで「待てよ」って思った。自らを犠牲にして島に残ったものの、やはり未練が残って、去って行く船に手を差し伸べる(悲壮感漂う)俊寛。これが歌舞伎版。一縷の望みすら絶たれて、絶望の中に深く沈み込むしかない俊寛。これは能版。劇的な度合いからいうと、歌舞伎の方が「面白い」かもしれない。でも、人間の素の絶望を描くには、この見苦しいまでに取り乱す俊寛の方にリアリティを感じる。歌舞伎の『俊寛』があまり好きでないのは、勘三郎吉右衛門の俊寛を持ってしても、そこにある「嘘臭さ」がぬぐいきれていなかったから。今まで見た中でよかったのは(我慢できたのは)市川右近(現右團次)のもののみ。こちらは俊寛の「崇高」さがいささか減じていたから。

能の方が人間を、「収まりの良いストーリー」としてではなく描いているように思う。『俊寛』がその最たる例だと思う。だから、DVD版であれ能の『俊寛』に衝撃を受けたのだった。

この日俊寛を演じた観世銕之丞さんは観世寿夫さんの甥に当たられる。今年1月、渡邉守章さん主催の「能と狂言」で『鵺』のシテを舞われた(於京都芸術劇場)のを見たばかり。その折にも守章氏に、ご自分が親しかった観世寿夫さんの甥と紹介されていらっしゃったっけ。いつまでもあの偉大だった伯父さまの名がついてまわるっていうのは、重荷でしょうね。

予想通り、寿夫さんの俊寛を彷彿させるところが多々あった。とくに水桶を持って登場した最初の場。立ち居振る舞いの美しさで、今や落ちぶれた外見でももと貴族だったことがしのばれる風情。それを楚々とした佇まいで表しておられて、さすがだと感じた。ただ、最後の嘆きのところは、寿夫さんの方がこちらに強く深く伝わってきた。それが、能をみて泣いた最初だった。深く感動しても泣くことはない。それが能だと思っていたのに、この涙には自分でも驚いた。

銕之丞さんのシテを後見として後ろで見守っておられた片山九郎右衛門さん、味方玄さん。同志のような絆を三人に強く感じた。

味方玄さんの能は何度か拝見している。片山九郎右衛門さんの仕舞、謡は聞いてはいるけれど、まだ能を拝見していない。この日、仕舞「芭蕉」を舞われたけれど、そのはんなり感に打たれた。思わずため息が出た。そうそう、今思い出したけれど、海老蔵の『源氏物語』で六条御息所を演じておられたっけ。大失敗の『源氏物語』。付き合わされて、お気の毒だった!