yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

現代狂言「〜現代狂言IX『狂言とコントが結婚したら?』〜」@国立能楽堂2月7日

この演目をネットでたまたま知り、最近の文楽の変容ぶりを思い合わせ、なんとしても観てみたいと思った。だから今回の東京遠征は、この新しいタイプの能/狂言を観たいという思いに突き動かされてでもあった。古典中の古典の演劇である能に、今何が起きつつあるのか。

ネットの当該サイトからの公演概説が以下。

佐藤弘道ドロンズ石本森一弥平子悟石井康太大野泰広、お馴染みメンバーに加え、現代狂言II・IIIで活躍した岩井ジョニ男と、北区つかこうへい劇団出身三浦祐介が参加。ますます期待が高まる現代狂言IX。恒例となりましたカーテンコールもお楽しみに。


この日の実験狂言の演目と解説は以下:

演目
   古典狂言「棒縛(ぼうしばり)」
   古典狂言「茸(くさびら)」
   新作狂言「ことだま交差点」作:南原清隆  演出:野村万蔵/南原清隆

みどころ
狂言という様式美の笑いは日本の喜劇の基本を網羅しています。狂言と出会い、その真髄にふれた南原は狂言を勉強しながら、この現代狂言で毎年新作を発表してきました。即興性とスピードに特徴がある現代の笑いと古典をコラボレーションする事で、時代を超えた人間の喜怒哀楽を表現した作品です。そこで語りかけるテーマは深い共感を呼び、「涙と笑い」を求める日本人の心の琴線にふれ、年齢や性別を問わず大きな感動と爆笑の渦を全国各地に届けてきました。
スタート時は狂言師とお笑い芸人のコラボでしたが、その後、喜劇俳優や女優、武道家など、いろいろなジャンルからの参加者がありました。日本の芸能の原点である「狂言」の持つ懐の深さと、出演者の熱心さを毎回まのあたりにしています。

ここに記載されているように、南原清隆狂言演者に初めて挑戦した成果をみることができる。この人、有名なお笑いコンビ、「ウッチャンナンチャン」の片割れ。「棒しばり」ではシテの太郎冠者を演じた。橋懸りから登場したとき、姿勢が前傾すぎる気がしたけど、緊張のあまりだったのだろう。万蔵演じる「主人」が奥に引っ込んでからは、お笑いの専門家としての面目躍如。大活躍だった。次郎冠者の平子悟(この方もお笑いコンビの片割れらしい)も向こうを張ってナカナカ。お笑いの間の取り方が生きていた。

先月松竹座で愛之助、壱太郎の歌舞伎版「棒しばり」を観たので、どうしても比較してしまう。フェアじゃないんですけどね。歌舞伎役者がいかに身体ができているか、それが能/狂言といった松葉目ものをする際にも、観客に迫る表現となって迸り出ているかを、確認してしまった。愛之助のアクロバティックな所作もよかったけど、壱太郎の次郎冠者特有のボケ振りもよかった。上方的お笑いの精神が滲み出ていた。で、今気づいたのだが、この日の芸人さんたち、みなさん東京が拠点なんですね。笑いの質が違うのかも。

二番目の演目、「茸(くさびら)」、とても面白かった。初めは一つだったキノコ。それが次から次へと増え続ける。ありがたい僧の経でも折伏されないで。これを総動員で演じきる。どこまでも増え続けるキノコに、最後はお手上げの状態。能作品のように、オチがつかない。まるで不条理劇を観ているような気さえした。こんな作品があるんですね。日本の古典は奥が深い。

新作狂言を観たかったのだが、終わるのが3時40分頃になるとのこと。フライトが5時だったので、それに間に合うかが微妙。途中退出はダメとのことだったので、泣く泣く会場を後にした。この「現代狂言」の試み、今年で九年目だとのこと。毎年一回はやっているので、次回は最後まで観劇したい。この日いただいたチラシの中に新潟で同種の能/狂言と他ジャンルとのコラボが定期的に開催されているという情報を得た。関西でもやってくれないかな。スタティックで変わることがないと思っていた能だけど、ようやく新しい風が吹くようになったのかもしれない。