yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

玉三郎と勘九郎の組み合わせが最高だった「二人椀久」(シネマ歌舞伎)@なんばパークスシネマ1月23日

傾城松山太夫を玉三郎が、椀屋久兵衛を勘九郎が踊った。これ以上ない組み合わせ。これをみて、松山太夫を誰が演じるかが、非常に大きな意味を持つことを理解した。

夢幻の世界が舞台を覆う。夢幻界の主は松山太夫。松山恋しさのあまり狂ってしまった椀久、彼の前に現れたのが恋い焦がれた松山。ここで現実の世界と夢幻界との逆転が起きる。椀久の前に登場したのは現実の松山ではない。あくまでも夢の中の幻。この設定には既視感がある。そう、謡曲「松風」。松風が行平の形見の狩衣と烏帽子を身に着けて舞うさまはこの舞踊では松山が椀久の羽織を纏って踊るさまにかぶる。さらには松が舞台に設置されるという設定も、謡曲「松風」とかぶる。つまり、「二人椀久」には「松風」のアリュージョンが満ち満ちている。

そう思いを巡らせるて見ていると、椀久とともに踊っている松山はすでに亡霊なのかもしれないというように感じる。旅僧の前に現れた松風が亡霊であるように。亡霊だったら、実際には椀久が永遠に会うことはない。現実の生身の松山ではなく、もっと浄化された、魂としての松山。永遠に手が届かないところに行ってしまっている松山。玉三郎の舞踊はこの魂レベルに浄化された松山の姿を顕現させるものだった。この松山だから、椀久の哀しみはひとしお。虚無感が突き刺さる。

勘九郎の椀久も素晴らしかった。こんな静かで深い感じの椀久を見たのは初めて。先月京都で仁左衛門の椀久とはかなり違った所作。勘九郎の椀久には無駄な動きがなかった。日本舞踊にありがちな「媚びる所作」もなかった。ただひたすらに、恋情に溺れている。そしてそれは夢幻の中に消滅/昇華してゆくような純なものとして踊っていた。玉三郎が具現化した松山の「魂」と同格の魂を物静かな「狂い」という形で見せてくれた。悲しみが胸に迫る。と同時に救われたという感もあった。みごと!