チケットを取っていた今月の舞台を最後に、松竹が仕切る歌舞伎は当分見ないと決めた。松竹が海老蔵をどうにかするまでは。だから、この「夏祭」が松竹歌舞伎の見納め。巳之助の、猿之助、中村屋兄弟、染五郎の、それにイキのいい若手役者の舞台が見られないのは、悔しいし残念至極ではあるけれど。すごい役者になりそうな、勘三郎そっくりの中村屋の長三郎君の舞台は、10年後(15年後?)あたりに見ることができるかな?
以下、松竹のサイトより、『夏祭浪花鑑』についての解説。
並木千柳 作
三好松洛 作序 幕 住吉鳥居前の場
二幕目 難波三婦内の場
大 詰 長町裏の場<配役>
団七九郎兵衛 染五郎
女房お梶 孝太郎
一寸徳兵衛 松也
玉島磯之丞 萬太郎
傾城琴浦 壱太郎
下剃三吉 廣太郎
役人堤藤内 寿治郎
大鳥佐賀右衛門 松之助
三河屋義平次 橘三郎
三婦女房おつぎ 竹三郎
釣舟三婦 鴈治郎
徳兵衛女房お辰 時蔵<みどころ>
堺の魚売り団七九郎兵衛は、喧嘩沙汰から牢に入れられていましたが、女房のお梶の主人筋にあたる玉島兵太夫のとりなしで出牢を許されます。その恩人の息子磯之丞と恋人 琴浦を添わせるため、団七は侠客の釣舟三婦や一寸徳兵衛、その女房お辰らと奔走します。しかし、強欲な舅の三河屋義平次が琴浦をかどわかして連れ去ってしまったため、義平次の奸計に気づいた団七はそれを追いかけます。長町裏で義兵次に追いついた団七でしたが…。大阪で実際に起こった事件をもとに、浪花の侠気と粋が夏祭の熱気の中でドラマ性豊かに描かれた傑作で、“泥場”と呼ばれる殺しの場面は錦絵のように繰り広げられ、歌舞伎美あふれる演出となっています。
「夏祭」、通しでは2014年7月の歌舞伎座と2013年10月の松竹座で見ている。2014年の方は海老蔵が団七だった。義平次に中車、徳兵衛を猿弥、釣舟三婦を左團次、お辰に玉三郎という配役。このころの海老蔵はまだ歌舞伎への真摯な思いがあった?「アリゾナまで出かけて勘三郎に教えを乞うた」という名残が残っていたのかもしれない。その前々年末に亡くなった勘三郎追善の意味もあった興行だったからかも。彼をきちんと指導してくれる人はもういない。2013年の方は愛之助が団七、義平次を橘三郎、徳兵衛を亀鶴、釣舟三婦を翫雀(現鴈治郎)、お辰に吉弥という配役だった。こちらも勘三郎追善の意味があったのだろう。
今度の「夏祭」、まず、染五郎の浪花言葉がかなり板についていたことに感心した。染五郎を始め松也、時蔵、萬太郎は関西出身ではないので、自然なアクセントで喋るのはかなり難しかったでしょう。とくに染五郎はほぼ全編喋りっぱなし。さぞ苦労しただろう。あの勘三郎も関西弁攻略に力を入れ、その結果関西の人から「どうやってそんな自然な大阪弁が喋れるようになったんですか」という質問が来て、とても嬉しかったと著書で語っていたっけ。染五郎の浪花言葉、完璧ではなかったけれど、余裕で合格だった。
言葉が大事なのは、団七像の造型にはそれが必須だから。上の「みどころ」にあるように、団七が代表する「浪花の侠気と粋」を示すのがこの芝居のキモ。それには気風の良い江戸前言葉ではなく、含みを持った、そして柔らかい言葉が必須。独特の切れ味。それは江戸前のチャキチャキのシャープさではなく、ソフトな外皮に包まれたもの。それこそが浪花の粋。あの柿色の太い格子縞の団七縞はそれを表象するもの。暖色なんですよね。大胆で明るい。それでいて切りが際立っている。こういうのを考え出した演出はやっぱりすごいです。
大詰の「長町裏の場」で染五郎が花道を徳兵衛たちと出て来たとき、団扇で扇ぎながら浪花言葉で喋る。あの場面が匂い立っていなければならないんですよ。どうあっても。染五郎は心なしか気負いがあったように感じた。初役。前には勘三郎という偉大な役者が演じ、その後、勘九郎、海老蔵、愛之助が演じた団七。それらを超えなくてはならない。この浪花の土地で。でもそれは彼のある種の謙虚さがなせる技だったのだと思う。彼の前にあったのはおそらくは勘三郎の団七だったに違いない。今後、それを彼なりに超えてゆくことになるだろう。
団七の侠気を際立たせるには誰が義平次を演るかが重要だけど、今回は嵐橘三郎。富十郎のお弟子さん。浪花言葉が板についていた。ただあの強烈な笹野高史の義平次が記憶にあるので、誰がやっても苦しい役どころ。小物然としていたので、憎らしさはちょっと減じてしまったかも。
徳兵衛役の松也、押出しが弱い。橋之助、亀鶴、猿弥、それになんと仁左衛門が演った役なので、彼らと比べると力不足は否めず。もっと勉強してください。声調を落とし、動きもチョコマカしないように留意して。
お辰の時蔵。悪くはなかったのだけど、こちらも今ひとつ。多分年齢的な問題だろう。どうしても落ち着きすぎた感じ。あまりにも分け知った熟女の趣。お辰っていうのは、三婦に「男に生まれたらよかったのに」と言わしめる女性。男のような爽やかさが必要。でもうら若いんですよね。ちょっと例えが極端かもしれないけど、池波正太郎の『剣客商売』に出てくる三冬のようなイメージ。
最後に最も良かったお二人。何と言っても成駒屋!鴈治郎は以前にも三婦を演じているので、堂に入っていた。あの自然感はすごい。貴重です。度量があって、しかも温かい人柄。喧嘩っ早い。まさに浪花の男。団七と対で浪花男のスイを魅せてくれる。あの浪花言葉のはんなり感とおかしみと。ここまで出せる役者は今のところ、彼をおいてはないだろう。子息の壱太郎も負けていない。ここ一年ばかりの彼の躍進ぶりにはただただ目を見張るばかり。江戸に大挙して出て来た若女方の役者たちに、ただ一人上方で対抗する女方としての壱太郎君。今度はどういう手で魅了してくれるのかと、常々ワクワクして見ています。今後当分は見れないけれど。
クライマックスの「長町裏の場」、せっかくの泥場にも関わらず迫力不足だった。「夏祭」で退屈したのは初めて。何故なんだろうって、今考えている。