yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

服部幸雄著『江戸歌舞伎の美意識』(平凡社、1996年)

さすが服部先生、彼の歌舞伎論の集大成的著作。それもどちらかというと、お堅くない方の。彼のものは歌舞伎を論じる場合「must」なので、何冊か揃えている。でも学術的なものがほとんど。この著書は、たしかに学術的ではあるけれど、その枠にのみ納まっていない。彼の芸術的精神、それも遊び心の発露としての精神が暴かずはおれなかった歌舞伎の美意識を、自身に縛りをかけないで出るがままに任せて書いたような、そんな書物である。めっぽう面白い。他の著作もたしかに啓発的でワクワクするところが多々あるけれど、この著書には及ばない。なにしろ開く頁という頁が、どれもあっと驚く示唆に富んでいる。まるでその場その場で服部幸雄という役者の演技を観ているような、そんな感じすら抱かせる。以下に構成を挙げてみる。

第一部  演技の美意識
一章 江戸歌舞伎と庶民の美意識
二章 変身願望
三章 見顕わしの背景
四章 型の論

第二部  「かざり」と祭り
五章 江戸の「かざり」文化
六章 都市の祝祭風景
七章 扇と芸能

第三部  興行と芝居見物
八章 江戸と上方の興行機構
九章 芝居見物・小芝居・寄席芝居
十章 都市の歌舞伎と地方の歌舞伎

そもそも図書館でこの本を借り出した理由が第三部、十章のいわゆる「小芝居」とよばれた地方の歌舞伎についての研究が入っていたから。服部先生が書かれた「地芝居」、「宮地芝居」についての著書をもっているが、どれも非常に学術レベルが高い。それのみか、フィールドワークも入っているので、驚いてしまう。そこがいかにも服部先生らしいんですよね。好奇心が旺盛で、実際に確かめたいという想いに突き動かされての実地検分だった。もちろん直接には存じ上げない。亡くなられる前、NHK教育番組での「歌舞伎解説」のレクチャーを聴いただけである。非常に真面目な、いかにも学者という風貌でおられたけど、ふっと地が出ることがあった。それが「芝居が好きで好きでたまらない」という感じ。それでいっぺんにファンになった。

この著書はどの頁を開いてもわくわくさせられる。のめり込んでしまう。視点は常に当時の江戸。市井の人(町人)がどういう観賞眼を、もっというなら「美意識」をもっていたのかを、微に入り細に入り分析してみせる。常に京都という対抗文化を頭においていた当時の江戸人が、いかに自分たちらしさを、文化を確立していったのか、彼らを突き動かして来たのは何なのかを明らかにしてみせる。読者はまるで自分が江戸人にアイデンティファイしているかのような、そんな気持ちにさせられてしまう。だから「小芝居」についての研究を知るつもりが、江戸歌舞伎全般にどっぷりとはまってしまう結果になった。

それが高じて、服部先生の『絵で読む歌舞伎の歴史』(平凡社、2008年)も入手した。服部先生はこの本の出版を待たずして、2007年12月に逝去された。本当に残念。歌舞伎研究にとっては計り知れない損失。