yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

能『邯鄲』in 「京都観世会六月例会」@京都観世会館6月25日

銕仙会のサイトから登場人物と演者、それと概説を引用させていただく。

シテ 盧生     橋本擴三郎
子方 舞童     橋本充基
ワキ 勅使     原大
ワキツレ 大臣   小林努
ワキツレ 輿舁   有松遼一、岡充
アイ 宿の女主人  茂山茂

後見 吉浪壽晃、井上裕久

大鼓 井林久登
小鼓 吉阪一郎
笛  杉信太朗
太鼓 前川光長

地謡 河村浩太郎、河村和貴、橋本忠樹、吉田篤史
   味方團、浦田保浩、杉浦豊彦、浅井道昭

概要
舞台は中国。悩める青年・盧生(シテ)は、人生の進むべき道を求めて邯鄲の里を訪れ、そこの宿屋で女主人(間狂言)から不思議な枕を借りる。使えばこの世の有り様を悟ることが出来るという枕で、盧生は早速昼寝をする。暫くして勅使と名のる男(ワキ)に起こされ、王位を盧生に譲ると告げられる。盧生はそのまま、大臣たち(ワキツレ)の居並ぶ王宮へと連れてゆかれ、栄華の日々を過ごす。在位は五十年に達し、不老長寿の酒で大宴会が開かれ、御前では童子(子方)が舞を舞い、盧生も自ら舞楽を舞って繁栄を喜ぶ。そうする内に大臣たちの姿も消え、盧生は再び眠りに落ちる。そこへ宿の女主人が起こしに来て、盧生は今までの出来事が全て夢であったと悟り、この世の真理を知って満足する。

さらに、京都観世会館のサイトの「能《邯鄲(かんたん)》の魅力」という記事が、優れた解説になっているので、リンクさせていただく。

今年4月に「篠山春日神社」の奉納能で、大槻文蔵さんのシテで『邯鄲』をみて記事にしているが、そこで作り物の「一畳台・引立大宮」について言及した。この一畳の台が様々な役割を担っているのに感心したけれど、今回この観世会館の解説でさらにその思いを強くした。それともう一点、このサイトに目を開かれた箇所が。それは、「ソラオリ」についての踏み込んだ解説。以下。

(前略)この狭い一畳台(引立大宮)の中で、【楽(がく)】という舞を舞います。一畳台は、夢の中では国王の居る高い場所。王の位につき、栄華を極めた五十年、その祝宴での舞です。しかも、その舞の最中にとんでもないことが起きます。それが「空(そら)オリ」。囃子方も特殊な演奏を組み入れ、シテは台から落ちかけます。そして辺りを見回すのです。多くの人々が集っているのを見るのでしょうか。この空オリの瞬間を「夢の裂け目」と表現した人もあります。幸福の絶頂と不幸は紙一重、そんな感慨を持つ一瞬です。

なんとこの一畳の台の上で、シテは自身の極めた栄華を寿ぐ舞を舞う。このときのシテ、橋本擴三郎さんの舞は並外れていた。自身の栄華に酔いつつも、一抹の不安を感じ得ない、そんな心情を見事に舞に託していた。心から満足できない、満足すればするほど、怖れが湧き上がる。そんな(大げさに言えば)存在の不条理性を舞に仮託しているようにみえた。それを視覚化したのが「空オリ」ということになる。囃子がその矛盾した心情を煽り立てる。非常に変わった囃子。過激と言えるかも。その囃子に煽られ、シテは足を踏み外す。息を詰めて見守っていた観客はそこで、ひやりとする。もちろん客自体もシテが舞っている間、あの奇妙な囃子に煽られているわけで、シテ、囃子、客が一体化している最中でのこの「外し」なのである。篠山春日能で見た折には、煽りの激しさに気づかなかった。今回、何か見てはいけないものを見てしまったという感があった。そしてそれこそが盧生が粟の一炊で見た夢でもあったのだろう。

観世会館の解説で「夢の裂け目」と表現されているものを、橋本擴三郎さんは具体的な形として、私たちの前に差し出してくれた。哲学的解釈を具現化してくれた。しかもその解釈は、一畳台を降りてからの舞にも、より一層顕著に顕れていた。美しいんだけれど、どこか虚しい。そういう盧生の心情が手に取るように伝わる舞だった。

篠山では舞台を見ている最中には三島由紀夫の『邯鄲』を思い浮かべなかったけど、今回はそれが目の前の舞台と重なって見えた。盧生ならぬ次郎が見た最後の花が咲き乱れた庭が、一体何を意味したのかを考えながら見ていた。