yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

思いっきり笑ったシネマ歌舞伎『らくだ』@神戸国際松竹5月18日

ずっと見たかった勘九郎三津五郎の『らくだ』。ご存知、落語をもとにした歌舞伎作品。上方版と江戸版があるようで、人名に違いが。こちらは江戸版。以前に愛之助、中車の上方版を見ている

配役は以下。

紙屑買久六   勘三郎
手斧目半次   三津五郎
駱駝の馬吉   亀蔵
半次妹おやす  松也
家主佐兵衛   市蔵
家主女房おいく 彌十郎

町内の鼻つまみ者のらくだの馬吉がフグに当たってあえない最期。前の晩一緒に飲んでいたのに大丈夫だったらくだの兄弟分の手斧目の半次。通りかかった紙屑買の久六を呼び止め、らくだの家財道具を売り払い弔いの金を用立てようとする。しかし、今までらくだに散々な目にあってきた久六は、この家に買うものはないと言う。実際縁の欠けた湯のみ二つしか残っていない。

そこで半次、大家から通夜の酒と肴をお供えとしてせしめるべく、久六を大家の家に行かせる。ところが吝嗇で有名な大家、けんもほろろに久六を追い返す。困った半次。一計を案じる。大家を脅そうというのだ。それも、「馬の死体をここに背負ってきて、『かんかんのう』を躍らせます」と言って。またまた久六を使いに出す。さすがは因業大家、敗けていない。「やれるものならやってみろ」と言って、久六を追い返す。ここでの彌十郎の家主の女房がおかしい。背が高いので、着物がツルツルテン。四肢が長いので動作がぎこちない。それでいて変に色気を出す。後の場で久六、「変なババアだ!」と一声。

大家の強弁を聞いて怒った半次。久六の背中に死骸を負ぶわせて、大家宅に押しかける。仰天する大家夫婦。その前で、死骸を後ろから抱きかかえ、かんかんのうを躍らせる。伴奏の歌は久六。何曲でも躍らせると言われ、大家は仕方なく酒と煮しめを届けることを約束。

勘三郎三津五郎の息が見事に調和している。さすが幼なじみ。勘三郎の笑いの取り方が決まっている。でもときとして、思わず笑ってしまうところも。それが屍人の踊りをみた大家の女房が恐怖のあまり土間へ転がり落ちたとき。これ、おそらく予定外。勘三郎はガタイの大きい彌十郎が落ちてきたので、おかしさをこらえきれず、もう大変!あとで、弁解していましたけれど。

対する三津五郎はあくまでも強面を通すのだけれど、ときどき地がポロっと出ることも。人形遣いもどきに馬の死体を抱きかかえつつ躍らせるのを久六が「褒める」と、三津五郎曰く、「これでも家元だから」。お客さん、思わず拍手。この場面の三津五郎の表情が角度によって巳之助に見えて驚いた。

ここでの死体の亀蔵がケッサク!ゾンビ様に顔と身体を白く塗り、顔にはホラー映画のフランケンシュタインの化粧。亀蔵氏、なんでもホラーがお好きなんだとか。それが役に立ったんですね。この死体の活躍がなければ、可笑しさも半減しただろう。大活躍。

さて、酒と煮しめの約束を取り付け、馬宅に戻った半次と久六。家主から「とりあえず」と言って届けられた二升の酒で酒盛りを始める。最初は断っていた久六。それが酒が入るにつれて、態度が激変する。大酒飲みだったのだ。久六を持て余す半次。ここで完全に立ち場が逆転。

気の小さいクズ屋が酒が入ると豹変する。勘三郎がとてもリアル。でも写実的なのというのではなく、コメディタッチ。対する半次の三津五郎はそれを持て余す。三津五郎も当惑する様がリアル。こうなると歌舞伎というより商業演劇に近い。心理合戦。両雄によるこの場面のキャッチボール。こういうのはそう見れない。実際、この二人はすでに鬼籍に入っているわけで、この作品がそしてその場面場面が、この様に映像として残されたのは奇跡(失礼)。見ておいてよかった。舞台では見ていないので。

松竹のシネマ歌舞伎サイトに掲載されていた写真をお借りさせていただく。勘三郎三津五郎も元気そう。悲しくなる。