yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『池波正太郎自選随筆集下巻』朝日新聞社1988年刊

昨日は、読まずにそのまま図書館に返すつもりの池波正太郎の『雲ながれ行く』を、結局は読んでしまった。今月26日に迫ったのチェスター大学での発表原稿を仕上げなくてはならないのに。冒頭が面白く、読み始めたら途中でやめることができなかった。いきなり「濡れ場」で、「『濡れ場』と食べ物のことを上手く書けなければ小説家といえない」と豪語した池波の面目躍如。優れて色っぽかった。ってな暢気なことをいっている場合ではないのだけれど。

昨日、これを図書館へ返却した折、またもや「魔がさして」、新しく池波の随筆集を借り出した。でもこれは借り出して良かった。朝日新聞社から出ている『池波正太郎自選随筆集』の下巻だったのだが、これがめっぽう面白い。今まで彼の随筆、とくに食に関連したものはほとんど読んだと自負しているのだが、この下巻は食とは外れた随筆満載である。そのどれもがわくわくさせられ、途中で本を置くのは無理というほどの楽しさだ。

中でもいちばん面白かったのはやっぱり芝居がらみの随筆。「新しい世界」というタイトルがついている。戦後まもなくの歌舞伎界の実情を六代目菊五郎、初代吉右衛門を中心に描いている。池波は芝居好きの母親に幼い頃から連れられて歌舞伎を観ていたので、終戦後わずか二ヶ月で東京に歌舞伎の興行がかかったときは、狂喜したのだ。当時の猿之助(先代猿翁)の『弥次喜多東海道中膝栗毛』だったという。そのときの高揚感を実に生き生きと描いている。

筆は菊五郎の訃報を聞いたときの吉右衛門の衝撃に及んでいる。千谷道雄の回想記に生々しく記されているという。まるで「呆然自失」の体だったようである。この二人の好敵手の関係の緊密さが窺える話である。菊五郎がいかに戦後の歌舞伎に危機感をもっていたのか、後継者たち――それは菊五郎劇団の者だけではなくそれ以外の役者も含めてだが――を育てるのに腐心したかが、「まるでみてきたかのように」描かれている。それもそのはず、当事者であった播磨屋の「番頭」、中村又五郎と池波は後に親しくなるから。

菊五郎の「いたずら」のエピソードも紹介されている。この天才、イタズラぶりも並外れていたらしい。南座の『先代萩』公演時、権十郎が外記、本人が仁木弾正だったのだが、菊五郎、大真面目な顔で権十郎に「あと二十分で大地震がくると公報があった」と言って信用させ、二人の立ち廻りの際、「あと十分」、「あと五分」といって権十郎をさんざんビビらせたのだという。で、本人は先に引っ込んでしまった。「迫り来る地震」の恐怖におののく権十郎、ひょいと大臣柱をみると、その蔭で菊五郎が飛び上がってよろこんでいたという。この箇所、大声で笑ってしまった。ホント、楽しい。

この菊五郎も戦後すぐはいろいろと苦労があったらしい。65歳の死はやはり夭逝といっていいかもしれない。ライバルの吉右衛門もそのあと弱ってしまった。二人は歌舞伎界の行く末をずいぶんと心配し、若手の育成にも力を入れていた。彼ら亡き後、危機感を募らせた又五郎は残った役者、歌右衛門幸四郎(先代)、勘三郎に結束を呼びかけたのだが、結局は分裂してしまう。

この辺りの描写、実にリアル。またそういう歌舞伎界のサマを描く池波は実に冷静。歌舞伎界も人の集まり。人の間のトラブルは当然ある。そのように彼はみている。当時の歌舞伎界が新しい時代、そしてその価値観、さらには新しい観客に向けてどう対処すべきか、暗中模索していたサマもリアルに描かれている。

いつも座右においておきたく、随筆集の全三巻、アマゾンで注文してしまった。