yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

小津安二郎監督『早春』BSプレミアム 10月11日

デジタル修復版。前日放映の『お茶漬けの味』、そして12日の『東京暮色』も録画した。このデジタル修復版は極めて質が高い。テクノロジーの画期的な進歩にひたすら感謝!

(現代テクノロジーの技極めたデジタル版とはいえ)そこかしこに「小津節」が見え隠れする作品。ここまで定石通りだと、かえって安心してしまう。むしろ、そうじゃない異物が出てくると、狼狽するかも。人物、ストーリーはもちろんのこと、画面の構図、カメラワーク等「小津」の定石にあまりにもピタリとはまり込んだ作品だった。とはいうものの、定石から漏れ出るところも結構あり、どうなりとも読めるのが、さすが小津。これは見た者一人一人のバックグラウンドによって、何通り、いや何十通りかの「読み」があるだろう。あらましは以下。

戦後10年。一見落ち着いて見える「小市民」たちにも、戦争がいまだ影を落としている。それがそこかしこに見え隠れし、見ていて息苦しくなるほどである。彼らの代表として設定されているのは、三十代の正二(池部良)と昌子(淡島千景)の夫婦。結婚してすでに十年弱経過していて、倦怠期。正二は同僚の若く美しい女性、「きんぎょ」というあだ名の千代(岸恵子)と関係を持ってしまう。正二を以前から憎からず思っていたきんぎょはかなり本気。でも正二の方は「ちょっとしたはずみ」(one night stand)だった。この辺りの二人のすれ違いを、鮮やかに描いているのも、さすが小津。

正二が主として「所属」しているのは二つの集団。一つは会社の同僚たち、もう一つは戦友たちである。きんぎょとの関係には、つねに同僚たちが絡む。かっては確かに存在した会社コミュニティ、そこでの様々な活動と連帯感。それは小津が好んで使う題材、「家族」とも重なる。ただ、正二もきんぎょもその一部であるようでいて、どこかズレている。だからこそ、この二人は「出会って」しまったのだといえる。

戦友たちとの繋がりは会社のそれよりもはるかに緊密な関係であるはずが、こちらでも正二は違和感を感じている。「どこにも所属できない」悲しみのようなものが、正二にまとわりついている。小市民的な生活の中に、この悲しみをチラッとみせる小津がニクイ。敗戦を経てようやくかちとった平穏に潜む虚しさが、画面のそこかしこににじみ出ている。

正二にとっての最大の問題は、妻との行きちがいだった。同僚と麻雀に興じようが、戦友たちと飲み屋でクダを巻こうが、妻こそが最高のパートナーだった。これをさりげなく描き切る小津は、やはりただ者ではない。それも「お説教」ではなく、人が心の奥深くに抱えこむ深淵をごく自然に提示する。人物の心理への接近を、こういう形で記すことが、監督の意図だったのだろうと思う。

「政治」が男女の恋愛、結婚を左右するという点で、ずっと昔に見た映画、『存在の耐えられない軽さ』を思い出させた。ただ題材、画面のタッチは、『存在の耐えられない軽さ』の油絵のような濃さとは対照的に、あくまでもさらりとしている。油絵に対して水墨画のテクスチャーとでもいおうか。モノクローム画面がそれを強調している。

Wikiに詳しい情報が。あまりにも「小津」なので、そのまま引用させていただく。

菅井のツーさん:菅原通済(特別出演)

 

定年近い先輩社員役の笠智衆はじめ脇役陣がいかにも小津好みの人たち。私がうれしかったのは、戦友役の一人が加東大介だったこと。彼が執筆した『南の島に雪が降る』は作品も、また映画版も、戦争に振り回される庶民の悲惨を描いてすばらしかった。映画も彼自身が主演していた。戦地ニューギニアで、飢えとマラリアで苦しむ兵士たちを前にして演じられた『関の弥太っぺ』のシーンは涙で正視できないほどだった。この『早春』中の戦友の集まりのシーンにもそれが被ってしまった。

戦友といえば、主演の池部良自身も戦争帰り。ただ、将校としてだった。知的な風貌、立ち居振る舞いの中に覗くアンニュイ感がステキである。

女性陣では母親役の浦辺粂子の芸達者ぶりに圧倒される。もちろんきんぎょ役の岸惠子の華やかさは群を抜いていて、現在の彼女を彷彿させる。

 でも、私は淡島千景の色っぽさに参ってしまった。岸惠子よりも色っぽいんですよね。これ、意外だった。主人公の昌子、何年も「主婦」をしてきた疲れは出ているものの、凛としている。この「凛」を出せるのがすごい。やはり大女優です。こういう女優さんは、今の情況では出てこないだろう。なによりも綺麗!モノクロームの画面を切り取ったら、きっと「凛」、「美」の結合が見られるはず。白黒画面がこれほど似合う人もいないかもしれない。

録画したので、また見ようと思っていたら、なんと、今月21—25日の間、大阪、九条の「シネ・ヌーヴォ」で上映会があることを知った。ここまでの作品、映画館で見るのが「礼儀」かもしれない。