ラジオドラマを映画化したもの。GHQによる検閲が終わる1951年までは、時代劇映画を自由に制作することはできなかった。1954年公開の『笛吹童子』には検閲から解放された映画人たちの喜びが溢れているように感じられる。以下、構成と主たる配役を映画サイトからお借りして、アップしておく。
原作、北村寿夫、監督、萩原遼、音楽、福田蘭童。
三部作
『笛吹童子第一部どくろの旗』
1954年東映京都作品(モノクロ・46分)/監督:萩原遼/出演:中村錦之助、東千代之介、大友柳太朗
『笛吹童子第二部妖術の闘争』
1954年東映京都作品(モノクロ・43分)/監督:萩原遼/出演:中村錦之助、東千代之介、大友柳太朗
『笛吹童子第三部満月城の凱歌』
1954年東映京都作品(モノクロ・55分)/監督:萩原遼/出演:中村錦之助、東千代之介、大友柳太朗
<主たる配役>
東千代之介 荻丸(菊丸の兄)
中村錦之助 菊丸/笛吹童子
月形龍之介 赤柿玄蕃
田代百合子 桔梗
大友柳太朗 霧の小次郎
河部五郎 丹羽修理亮
清川荘司 上月右門
高千穂ひづる
原作を読んでいないのだけれど、おそらく原作の方が長かったと思われる。それをこの三部作にまとめるには、かなり端折った部分があると思われるし、人物も整理されていると思う。
タイトルからは笛吹童子=菊丸が主人公であるはずなのに、映画では菊丸、萩丸の二人よりも霧の小次郎と丹羽修理亮の二人の方により重点が置かれていた。もちろん主軸は菊丸、萩丸による仇討ちではあるものの、そこから派生する脇筋の方に同じくらい、あるいはそれ以上の比重が置かれている。とくに霧の小次郎の大友柳太朗の存在感は圧倒的だった。
妖術遣いであると同時に、将軍の落とし胤で幼い頃さらわれた妹を捜しているという背景を持ち、妖術もそのためのものという設定。たしかに、かなり無理のある設定だし、荒唐無稽感は拭えない。しかし、どこかにこの男の己の運命への悲しみのようなものが立ち上がる場面があり、なかなか侮れない。
菊丸、萩丸を主にするのであれば、英雄譚として終わるのだろうが、そうはなっていないところに、戦前、戦中、戦後を生きぬいてきた監督の強い意思が感じられた。「抑圧」から解き放たれたものの、依然として不安を抱え込んでいるのがわかる。野武士の赤柿玄蕃に攻め込まれて、あっさりと自害した満月城の城主に敗戦後の日本が重なってしまったのは、私だけだろうか。明の国から帰国した萩丸、菊丸兄弟がいかにも「弱々しい」のはなぜなのか?そんなことを思いながら見ていた。もっとも英雄らしかったのは、家臣の丹羽修理亮であり、ここにも監督の皮肉な眼があるように感じた。
子供向けのラジオドラマ劇を、大人向けに作り替えた作品といってもよいだろう。そのぶん、破綻が起きているところもあるものの、一応法には収まっている。子供を「満足」させるのには、子供かぶき出身の錦之助を「主人公」に配置している。22歳だった錦之助、どこかに幼さを残していて、可愛い。兄役の東千代之介も整った顔立ちで姿も美しい。ただ、この二人は他の男性役者の中に混じると、かなり「中途半端」な感じが否めない。二人とも歌舞伎出身。映画界に入ってまもない。他の役者との齟齬があっても当然かもしれない。
この映画で私がもっとも面白かったのは、高千穂ひづる。このころの映画は「ミュージカル」仕立てを使うものが少なくはなかったのだけれど、彼女の歌はダントツだった。唐突感があるのも面白かった。調べたところ、やっぱり宝塚出身。なんと、神戸生まれで神戸女学院の中等部出身。同窓だった!それにしてもすごい美人で、時代劇お姫さまのイメージにこれほどぴったりな人もいないだろう。