yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

N響アワー ユリアンナ・アヴデーエワ

たまたまテレビをつけたらN響アワーで、今回のショパンコンクール優勝者のユリアンナ・アヴデーエワの演奏をやっていた。ショパンのピアノ協奏曲第1番だった。

最近は私自身、ショパンコンクールへの関心が薄らいでいて、この番組で初めて今回の優勝者を知ったという始末である。興味をもって追っていたのは清水和音さんあたりまでだろうか。恐ろしく昔!

この番組のゲストコメンテーターはもう15年ばかりも以前のショパンコンクールで4位をとった小山実稚恵さんだった。そしてこの演奏会の客席にはナント!アルゲリッチの姿があった!すっかり白髪になってはいたが、やっぱりすごいオーラだった。

ユリアンナ・アヴデーエワさんの演奏、ちょっとジャズ演奏を思わせるスウィングがあった。今まで知っている優勝者たちの演奏とはずいぶんと違っていた。とても斬新で若々しいものだった。この点では伝統のコードに挑戦し、それを打ち破ってきたアルゲリッチと共通した資質なのだろう。だからアルゲリッチが遠く日本まで応援に駆けつけてきているのかもしれない。彼女は何回か前のショパンコンクールで、ブーニンが優勝しなかったということで審査員を返上してしまった人だから。このコンクールで優勝した女性演奏家は彼女が初めてで、このアヴデーエワで二人目だという。手の大きさもあって、超絶技巧を要求されるような演奏には女性が不向きということで、ピアノコンクールでもハンディを負っているようだ。

アヴデーエワさんはロシアの出身のようで、それでもインタビューには英語で一生懸命答えていたのには好感がもてた。ちょっと「粗削り」なところがみえたけれど、それが逆にパワーとなっているのはブーニンなどと同じである。でも女性ならではの繊細さもあった。また、オケとの掛け合いを楽しむという点で、彼女はすでに大御所的でもあった。コミュニケーションというか、キャッチボールというか、そういう掛け合い、駆け引きを見事に演じきっていた。その点で、ドラマ的な、演出家的なピアニストと呼べるかもしれない。

ロシアのピアニストはどれだけ明るい楽章でもどこかに暗さ、陰影を感じさせる演奏をするのだけれど、彼女の演奏にはそういう暗さはない。私としてはちょっとそこが物足らない。というのも、このショパンのピアノ協奏曲第一番は私の大好きな曲のひとつでもあるので、要求水準が高くなってしまう。ショパンの作品に特有の哀しみを出すには、やっぱりそれをくみ取るだけの演奏家の資質が要求されるように思う。

リヒテルは私のもっとも尊敬する、そしてもっとも好きな演奏家だけれど、彼の演奏にはいつも陰が付き纏っていた。それはドストエフスキートルストイといったロシア文学者の作品にもまといつく暗さだった。

アヴデーエワさんの演奏はある意味、ロシアの新しい世代を表しているのかも知れない。ロシアも変わったのだろうか。