yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

オペラ『L'Ange de Nisida in concert』(ニシダの天使)ドニゼッティ作 @ロイヤル・オペラハウス、ロンドン 7月18日

当公演のオペラハウス公式サイトは以下。

L'Ange de Nisida in concert — Productions — Royal Opera House

「in concert」と付してあったのは、オラトリオ形式だったから。歌手たちは衣装をつけていない。しかも場ごとに入れ替わり立ち替わりした。オーケストラは当然舞台の上。そしてその後ろに40人ばかりのコーラス員が。これが能の舞囃子の舞台を思い出させ、オペラの豪華絢爛ではないところになぜかホッとした。最近はオペラの「派手さ」にいささか食傷気味なので。

200年ばかり公開されずに来た作品らしい。ネットで検索しても情報がほとんどなかったのがこのせいだった。というのもドニゼッティ自身がこの作品を「発展」させて新たにオペラ、『La Favorita』(ラ・ファヴォリータ)を書き、こちらが主作品になったからとか。世阿弥がもとは『綾鼓』を改変・改訂して『恋重荷』にしたことを思い出してしまった。『綾鼓』そのものは世阿弥作ではないですけどね。

それではロイヤル・オペラ公式サイトからお借りしたプロダクションとキャスト、そして主役を演じたJoyce El-Khouryの写真を以下にアップしておく。

Conducter Mark Elder

Orchestra of the Royal Opera House

Royal Opera Chorus

<Cast>

Sylvia Joyce El-Khoury

Leone de Casaldi David Junghoon Kim

King Fernand of Naples Vito Priante

Don Gaspar Laurent Naouri

Monk     Evgeny Stavinsky

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フランス語で歌われたのだけれど、英語字幕が出るのでたすかった。そうでなければ、ロイヤル・オペラの公式サイトに載っているStoryのみが頼みの綱。しかしそれがなんとも訳のわからない解説。予備知識をしっかり入れて行かないと、人物間の関係、背後が「?」って感じになる。それでも未だに曖昧なところがある。『La Favorita』については情報があるので付き合わせてみたけれど、やっぱり腑に落ちないところが。字幕スクリーンではLeoneは“soldier”となっていたのに、『La Favorita』ではなぜmonkとなっているの?

とはいえ、三角関係を描くという骨子は『La Favorita』と同じ。ただ、『L'Ange de Nisida』の方がずっとストーリーとしての複雑さは少ない。もっとシンプル。その分省略というか、もともとのお約束のようになっている背景がピンとこないと人物相関図の含みがわからないのが難点かも。調べたところ、西欧のキリスト教軍によるイベリア半島からのイスラムの「排除」が背景にあるらしい。いわゆる「レコンキスタ」である。イスラムのムワッヒド朝がマグリブに撤退した後のアンダルス(現アンダルシア)は、「13世紀以降キリスト教国、カスティリャ王国アラゴン王国に征服され」たという。シルビアが自身の故郷、アンダルシアを想ってアリアを歌うのはその辺りに理由があるのだと納得。国王と修道院との争いが背景にあるということを頭にこの三角関係——シルビアを挟むレオーネと国王——が新たな意味を持って立ち上がってくる。シルビアはイスラム的なものを表象しているように感じた。何しろ彼女はアンダルシア出身、しかも国王のミストレス(愛人)という位置にいるんですからね。その彼女が国王 vs. 教会という二大権力間の抗争に巻き込まれ、こちらも若く、名もない兵士であるレオーネと心中に近い形で死んでゆく最後に、象徴的にあらわわれていた。彼らを犠牲にして生き延びた国王・教会の影が重く覆いかぶさっていた。

歌手が全員とても良かった。中でもシルビアを歌ったJoyce El-Khouryが素晴らしかった。まず美貌。姿も美しい。METでよく見かけるかなり太めの歌手とは違い、姿もスリム。何よりも声が繊細で伸びやか。高音部ではたまを転がすように響き、伸びもある。第一幕の嘆きのアリアの後、観客は「ブラボー」の連呼だったのに、彼女自身が感情を入れ込んだため指揮者が促してもしばし立ち上がれなかったほど。これを太めのソーニャ・ヨンチェヴァやアンナ・ネトレプコがやっても実感がないですものね。スリムで思い出したけど、Joyce El-Khouryジョイス・エル=コーリー、『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)を先シーズンのロイヤル・オペラで演じたらしい。きっと素敵だっただろう。歌舞伎的に言えばこれ以上ないほど「ニン」にぴったりだったはず。美貌と歌唱力との組み合わせで群を抜いているOlga Peretyatkoオルガ・ペレチャッコと並ぶ逸材と確信してしまった。ネット検索をかけると、「レバノン系カナダ人」との情報が。だからちょっと肌が浅黒かったのだと納得。写真もいくつか出てきたけれど、これらより現在の方がスリムだった。

相手役のDavid Junghoon Kim、テノールの声はとても良かったのだけれど、容姿が主役を張るにはちょっとという感じ。ハーレキンの役どころのDon Gasparを演じたLaurent Naouriの表現が素晴らしかった。乗りに乗った感じで、国王と教会の間を巧妙にとびまわるトリックスターを嬉々として演じていた。