yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

一点に森羅万象が収斂する茶事−−市川雷蔵主演、三隅研次監督の『斬る』

三隅監督の代表剣戟作品の一つということで、当然ながら殺陣の場面がかなりを占める。ただ、普通のチャンバラ映画とは袂を分かっている。チャンチャンバラバラと賑やかな立ち廻りの中に、静謐な瞬間が在る。間ができる。時間が止まる瞬間といってもいいだろう。大写しになる雷蔵の顔、雷蔵の構えの姿勢。その瞬間、ときは止まる。後から思い出されるのは、激しい「殺陣」ではなくこの静止の「瞬間」なのである。これは、今まで見てきた剣戟映画(大した数ではないものの)の枠をはみ出している。それが監督の演出なのか、それとも雷蔵が纏う「何か」の所為なのか、それは未だ持って判断できない。確かに、時は止まる。

憎いほど的確な演出。そしてカメラも「瞬間」を捉えて逃さない。三隅監督の殺陣美学の解釈の秀逸と、それを真正面から受け止め映像化する本田省三のカメラの秀逸。二人の想いが一つに溶け合って、この映像になったに違いない。さらに付け加えるなら、信吾役の雷蔵がこの二人の想いをあまりにも「正しく」理解しているから、ここまでの完成度の高さになったのだろう。涙が出るほどの完成度である。今の映画界でここまでのこだわりを持つ監督、カメラマン、役者はいるだろうか?まさに「美」!すべてが美しい。 

美の瞬間は殺陣から茶事へとつながってゆく。あの荒々しい殺陣の中の一瞬の静謐は、そのまま松平大炊頭が茶を点てる場面へと、いとも簡単に、自然に移行するのだ。生まれた瞬間から数奇な運命を背負ってしまった信吾。望んだわけでもないのに、世俗の争いに巻き込まれ、苦悩する信吾。その信吾にとって、松平大炊頭は「父」だった。信吾にとって、養父も実父も、また藩主も「父」ではあったけれど、痛ましくもそれは断ち切られてしまった。彼が拠るべき父はこの松平大炊頭しかなかった。松平大炊頭の点てる茶に付き合う信吾には、今までになかった安心感というか充足感が感じられた。このヒトトキのために、彼の人生があったかのように。

母の悲劇はそのまま信吾に関係する女達の悲劇を暗示する。隣の藩士の息子に殺された妹の芳尾も、敵討ちで追手に惨殺された佐代もしかり。だから女性への、もっというなら母性への帰属感は彼にはない。あえてそれを持たないように自身を縛っている。それを気遣っての松平大炊頭の「娘を貰ってくれないか」は、彼の心に響いたはず。そのまま行けば、彼にとって安住の場があったかもしれない。ただ、彼の「星」がそれを赦さなかったのだろう。

平素は穏やかで、泰然自若とした信吾。ただコトが起きれば、誠を貫く信吾。そこには一点も曇りもない。しかし、彼が正しければ正しいだけ、彼を貶め、攻撃する者が出てくるのが世の常。この世俗の醜さからいかに免れ得るのか、いかに闘うのか。父的存在からは愛されていた信吾ではあるけれど、それ以外の者からは疎ましがられ、気味悪がられていただろう。あまりにも真っ当であるがゆえに。

最後に松平大炊頭に重なるようにして切腹する信吾は、なぜか心穏やかに見える。やっと安住の地を見つけたかのようである。ここ、泣けます。

Movie Walkerから、解説とキャスト・スタッフ一覧をお借りする。

<ストーリー>

高倉信吾は小諸藩士である父の高倉信右衛門の許しを得て、三年間の武道修行に出た。やがて三年の歳月が流れた。信吾の帰りを最も喜んだのは妹の芳尾だった。信吾は藩主牧野遠江守の求めにより、水戸の剣客庄司嘉兵衛と立会った。信吾は“三絃の構え”という異様な構えで嘉兵衛を破った。

 

数日して、下城中の信吾は、信右衛門と芳尾が隣家の池辺親子に斬殺されたという知らせをうけた。池辺義一郎は、伜義十郎の嫁に芳尾を望んだが、断わられこれを根にもってのことであった。今際の際に父が告白したのが信吾の出生の秘密だった。信吾は逃亡を図る池辺親子を国境に追いつめて、討った。

 

信吾の実母は山口藤子という飯田藩江戸屋敷の侍女で、城代家老安富主計の命をうけて藩主の愛妾を刺した。処刑されるところ、彼女を哀れんだ殿の奥方の計らいで、彼女を処刑送りの駕籠から救ったのが長岡藩の多田章司だった。二人に子ができれば藩主の怒りも収まるだろうと考えてのことだった。一年を送ったのち生れたのが信吾だった。しかし藩主の怒りは収まらず、藤子は捕えられ斬首された。彼女を斬る役が多田草司だったという。

 

信吾は遠江守から暇をもらって旅に出た。その旅籠で、信吾は、二十人もの武士に追われている田所主水という侍から、姉の佐代を預ってくれと頼まれた。しかし、佐代は主水が危くなった時、自分を犠牲にして主水を逃がした。彼女の崇高な姿にうたれた信吾は、彼女を手厚く葬った。

 

江戸に出た信吾は、千葉道場主栄次郎と剣を交えたが、その技の非凡さを知った栄次郎は、幕府大目付松平大炊頭に彼を推挙した。

 

大炊頭に仕えて三年、信吾はその大炊頭の中に、養父信右衛門の慈愛に満ちた面影をみるようになっていた。

文久元年、世は尊王攘夷の嵐に狂っていた。中でも水戸はその急先鋒であった。大炊頭は水戸藩取締りのため信吾を伴って水戸へ赴いた。水戸へ着いた時、大炊頭を襲う刺客の中に庄司嘉兵衛があったが、その嘉兵衛も信吾に倒された。

 

あすは江戸へという水戸最後の日、城内に入った大炊頭と信吾は、先祖の命日焼香のためというので両刀を取上げられ、仏間と控えの間に通された。仏間には刺客が待っていて大炊頭はあっという間に騙し討ちにあった。危機を直感した信吾は、床の間の梅一枝を持って刺客を倒し、仏間にかけつけたが、大炊頭はすでに絶命していた。今はこれまでと信吾は、静かに切腹の用意をするのだった。

 

<キャスト>

市川雷蔵   高倉信吾

藤村志保   多田藤子

渚まゆみ   高倉芳尾

浅野進治郎  高倉信右衛門

天知茂    多田章司

細川俊夫   牧野遠江守

万里昌代   田所佐代

成田純一郎  田所主水

柳永二郎   松平大炊頭

 

<スタッフ>

原作     柴田錬三郎

脚色     新藤兼人

監督     三隅研次

撮影     本田省三

 改めて思うのは、この映画が製作された時代の映画のクオリティの高さである。監督、カメラ、俳優など全ての重要な要素が揃っていたし、彼らの意気が高かった。今の映画は当時の勢いはもはやない。例外はアニメだけ?