yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

復曲能『篁』プレ公演 @京都観世会館12月23日

この曲については先月(11月)7日の「奈良しば能」で西野春雄氏が言及されていた。この「しば能」で演じられた『高安』も西野春雄氏監修での復曲上演で、演能前の解説が非常に丁寧で、しかもわくわくするほどおもしろかった。今回も演能前に十分程度の解説をされたのだけれど、西野氏の復曲能再演企画への学者としての精緻さに加えて、熱い情熱が感じられた。学者っぽくなくて、素敵な方である。それにお若い。能楽学会で登壇する乙に澄ましいかにも学者然とした研究者とはかなり違った方。

この日のプレ公演はメディア関係者、研究者対象のもので、カメラが何台も能楽堂に配され、物々しい雰囲気。座席は100席に限定ということだったけれど、ギリギリで多少増やされたようで、おかげさまで私も一階に席が取れた。

シテは味方玄師、ツレが片山九郎右衛門師、そしてワキが宝生欣哉師、アイが小笠原由祠師という顔ぶれで、それだけでも期待感が高まる。復曲能をどう再現するかというだけではなく、元曲よりもより洗練されたものにしようという意気込みが伝わって来た。なんと普通はしないリハーサルを、前日に行ったという念の入れようだった。

演能後のトークで言及があったように、2年にわたる企画だったのが、今回のコロナ禍のため、延期になっていた。その間に高められ想いが、チームワークとなって結実していた。それはアフタートークで味方玄、片山九郎右衛門両師が強調されていた点である。創作能の『鷹姫』を見た折にも感じたことだけれど、チームワークが非常に大事だと想像できた。あの時は京都観世会あげての大々的なチームで一層強く絆を感じたことを、思い出していた。

謡本の中に復曲の元になった「底本」、「校合本」加えて「資材」、「演出資料」等が明示されている。もちろん西野氏の尽力によるもの。さらに「構想」、「梗概」も付されていて、研究者には垂涎の資料になっている。その「構想」部を以下に引用させていただく。

隠岐へ流され隠岐で崩御した悲運の歌人帝王後鳥羽院の心情を、遠い昔に同じく隠岐へ流された詩人官僚小野篁(霊)をして、院の逆鱗を慰め、天地を動かし、鬼神をも感応する和歌の力を称える。*1

院が隠岐で歿したとするのは虚構であるが、作者は、篁を地獄の冥官(閻魔庁の役人)の姿で登場させ、金の札(善行悪行の者の名が記され、極楽地獄が決まる)を手に、逆臣らを地獄へと落とす沙汰を見せ、後鳥羽院のうちなる逆鱗と重ね合わせ、院の心情を大きなスケールで描く。篁の霊は世阿弥が『二曲三体人形図』で説いた砕動風の「形鬼心人」の鬼であり、後鳥羽院の心情を鬼形の篁に形象化させ、二人の詩人の響き合う魂を描く象徴詩劇に仕立てている。 

そう、小野篁が主人公(シテ)ではあるけれど、この篁をメディア(媒体)として、後鳥羽院の魂ともいうべき歌の心が詞章になって舞台一面に広がる。篁も例の百人一首の「わたのはら」*2で始まる名句が有名であるけれど、やはり歌人としては後鳥羽院は突出している。もちろん新古今和歌集の編纂という偉業をなし得ている。

味方玄師も言及されていたけれど、この曲の中心にあるのは「歌」であり、後鳥羽院の歌への想い。それが篁を通して表われ出る。だからこの曲は二人シテ?

とはいえ、後半部の閻魔になって登場する味方師の篁シテは圧巻だった。金、銀、黒模様のきらびやかな衣装!異様な冠(黒頭唐冠)、そして金札。異形でありつつ、格の高さが滲み出ている。飛んだり跳ねたり、回ったり、パワフルな立ち回りに見ほれた。

この勇壮な舞の中に、怨霊の念の強さが感じられた。怨念が後世にまで影響、その想いを鎮めるため、その想いに寄り添う。それが文芸作品として輩出されるという点で、讃岐に流された崇徳院を思い合せてしまった。後鳥羽院の祖父との権力争いに敗れ、無念のうちに讃岐の土となった崇徳院。後鳥羽院も京都に帰ることかなわず、隠岐に没した。のちの詩人や劇人はそういう人に強く同情、それが詩・歌としてその念を再生産させるのかもしれない。

当日の演者一覧はチラシ裏に。

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*1:この部分は『古今和歌集』の仮名序、「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり」を採取。解説の末尾にも言及されていた。余談ながら、初めて読んだ折、この仮名序にノックアウトされた。紀貫之おそるべし!「新古今」の仮名序より、優れている。 

*2:西野氏の解説では、「わたのはら」には諸説あるけれど、あえて八十嶋が見渡せる出雲と設定したとのこと。