久しぶりのMETライブビューイング。つい先週の『アグリッピーナ』を見逃しているので、これはなんとしても見たかった。MET公演も無期限?中止を余儀なくされているようで、これは本来予定されていた3月14日のものでなく3月10日収録分だとか。
8月以降、日本でのMETライブビューイング公開は当分お預けのようである。この公開作品も(いつもならある)幕間のインタビューはなく、しかも2時間40分ぶっ通しだった。幕間のインタビューがないのには、かなり失望した。出演者、演出家、指揮者等へのインタビューはとても興味深く、知的刺激に溢れて、それこそが実舞台にない魅力でもあったので、本当に残念である。3700円も払っているのにって、ちょっとケチなことも考えてしまった。
ワーグナー作のこのオペラ、ワーグナー的なところは少なかった。比較的初期の39歳の作品だからか、ワーグナー専売特許の過剰ともいうべき舞台設計と華やかさは少なかった。もちろんそこはMET、CGやらなんやら、考えうる限りのセットを工夫、駆使していたのではあるけれど、あのド派手な圧倒的ワグナー色は減じていたように思う。
公式サイトからの「概説」、キャスト、そして「あらすじ」は以下。
<概説>
神を呪った罰を受け、幽霊船の船長として永遠にさすらうオランダ人の嘆き!彼の救済を使命と感じた娘ゼンタのとった手段とは?有名な〈序曲〉から手に汗握る幕切れまで、魂をかきさらうワーグナーの出世作!オペラの巨匠V・ゲルギエフが野心的な音楽を輝かせ、映画でも活躍する鬼才F・ジラールが作品のエッセンスをえぐり出す。強靭かつ豊かな美声で聴き手を虜にするワーグナー歌いE・ニキティン、美貌と実力を兼ね備えたA・カンペに加え、日本人で初めてライブビューイングに登場する藤村実穂子の快挙も見届けたい。
<キャスト>
指揮:ワレリー・ゲルギエフ
演出:フランソワ・ジラール
出演:
エフゲニー・ニキティン:オランダ人
アニヤ・カンペ:ゼルダ
藤村実穂子:マリア
フランツ・ヨーゼフ=ゼーリヒ:ダーラント
セルゲイ・スコロホドフ:エリック
デイヴィッド・ポルティッヨ:船の舵手
<あらすじ>
18世紀頃のノルウェー。嵐の日、幽霊船が港に入ってくる。船長のオランダ人は神を呪った罪で永遠に海上をさまよい、7年に一度しか上陸を許されない。オランダ人を救えるのは、彼に永遠の貞節を誓う女性だけだ。「オランダ人」の肖像画に魅入られた船長ダーラントの娘ゼンタは、彼を救うのは自分だと直感する。とうとうゼンタは、本物のオランダ人と出会う。運命を感じ、見つめ合う二人。だがゼンタの婚約者を自認する漁師エリックは、彼女の「心変わり」をなじり…。
新演出らしく、大々的にCGが使われていた。特に冒頭の部分。ここ、とても興味深かったのは、おそらくオペラ歌手ではない(バレーリーナ)を主人公のゼンダとして遠景で見せていたこと。モダンバレエの人なのかもしれない。最後のシーンにちらっと出てきていたけれど、もっときちんと紹介してほしい。
以下のサイトにアクセスすると、CGも含めて、この壮大な舞台装置がどんなものだったか、お分りいただけると思う。
ゼルダ役のアニヤ・カンペはこれがMETデビューだとか。ゼンダにはちょっと年齢が行き過ぎているような感が。声もさほど艶がなく、体型ももう少し細い方がいい。旧東ドイツ、テューリンゲン生まれだそう。
オランダ人役のエフゲニー・ニキティンが良かった。「マリインスキー劇場から欧州に活動を広げ、ワーグナー歌いとして世界で注目を浴びるバスバリトン」との解説が。やっぱりロシア勢はオペラ、バレエに「強い」んですよね。
ブルガリア出身のソーニャ・ヨンチェヴァ女史がMETを抜けたのは喜ばしいのだけれど、後の補充は出来ているんでしょうか?私個人としては、サンクトペテルブルク出身のオルガ・ペレチャッコをMET専属に引き抜いてほしい。美人な上に素晴らしい歌唱力ですよ。来日していて、Spiceインタビューがネットにあがっています。
ペレチャッコに最初に出逢ったのは2014年3月のスカラ座公演だった。その後、同年の5月にMETで「再会」した。その後、METライブビューイングでの『オネーギン』でのパフォーマンスに感動したのだけれど、それ以後は見ること叶わず。かなりのフラストレーション。METかロイヤルの専属になれば、こういう公開映像で見ることができるんですけどね。さもなければ、現地に行くしかない。このコロナ下、当分それは不可能。
この作品を見ている間、既視感があったのだけれど、ようやくそれがわかった。シネマ歌舞伎で見たことのある『海神別荘』。記事にしているのでリンクしておく。
ここに書いているのだけれど、いずれも主人公がギリシア神話のペルセポネーに被ってくる。冥界に降りていったペルセポネー。
ギリシア神話のペルセポネー、『さまよえるオランダ人』ではゼルダに当たるのかもしれない。ギリシア神話ではペルセポネーは最後には冥府に連れ去れてしまうのだが、この作品ではゼルダはオランダ人とともに幽霊船で出帆、運命を共にする(死ぬ)。
私としては、サイコアナリシス(精神分析)を援用して解釈する誘惑にかられる。これほど相応しい作品もないように感じる。しかし、西洋オペラは(今のところは)私の研究対象ではないので、このあたりで、撤退するべきだろう。