yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

今日、4月29日昭和天皇ご生誕の日に、「皇統を浩宮に」と仰った裕仁天皇を思う

昭和生まれの私たちにとっては、「天皇誕生日」はあくまでも4月29日だった。平成の明仁さんの誕生日って、いつだったけ?12月23日で、その日は祝日になっていたはずなのに、印象に残っていない。それほど昭和天皇の存在感は大きかった。

 その昭和天皇の喪中であったのにもかかわらず、婚約発表を決行した秋篠宮。相手が紀子というのが笑える。これ以上ないほどのgarbageを掴んでしまったのだから。宮妃の候補にもあがるはずもなかったほどの卑しい身分、背景の女。普通の家庭でも二の足を踏む曰く付きの人材。その点では二人の娘、マコが選んだ小室某ともいい勝負である。つまり(Long Story Short)、「歴史は繰り返される」!

昭和天皇は「浩宮の次には浩宮の子を天皇に」と言明されていたという。そのご慧眼に、改めて敬服である。それは、「秋篠宮に皇統を移してはならない」ということだから。秋篠宮(礼宮)の行状の酷さのみならず、その出自についても疑問を持たれていたのではないかと、勘ぐってしまう。何しろ礼宮のお印が「栂」というのですから。これは「咎」とも読めるので、「咎の子」を意味している?その危惧を昭和天皇が公(おおやけ)にされていたのではないだろうか。そういう憶測がなされるのも、ごく自然だろう。つまり生誕当時から、昭和天皇は、秋篠宮には皇統を継ぐ正当性がないと、表明されてのではないだろうか。その意味は、あなたが考察してください。恐ろしい秘密が隠されているのかも。

 昭和天皇は紀子のことを最初に知らされた時、「側女(妾)でも無理」と仰ったとか。納得である。加えて紀子の父、川島某のことを「信用できない男」と言明されたとか。

それを受けてか、秋篠宮妃のお印が「檜扇菖蒲」というのにも笑える。もちろんこれは昭和天皇没後に贈られたものではあるけれど、何かしらの意図を感じてしまうのは私だけ?まず、「ヒオウギ」だけれど「秘奥義」にもなるんですよね。手練手管を弄して礼宮を落とした女。また、菖蒲は「アヤメ」」で、学習院構内で場所を選ばず「していた」という女、「礼宮の女」=「アヤメ」になるんですよね。この印をあえて選んだ人の深意(悪意)を感じてしまうのは、私だけでしょうか?

ともあれ、現天皇陛下とは無縁の世界である。昭和天皇が愛しまれ、教育された浩宮様。YouTubeで小学生の頃に浜松を訪問された記録フィルムを見ることができます。なんと凛々しい。ヒサなんとやらとは雲泥の差。ヒサなんとやらが次の天皇なんて、到底無理ですよ。それをあくまでも通そうとする「男系男子」に固執する安倍さんはじめとする時代錯誤の政治家は、即刻退場していただきたい。というか、コロナが終息時に退場するのは必至でしょう。

退場するのは、安倍さんを筆頭にした頭の古い「男系男子」派のみならず、秋篠宮一家でもある。この人たちを飼うだけの国力はもはや日本にはない。彼らが皇族から駆逐されることで、どれほど巨額の費用が浮くことか!秋篠宮一家の皇室離脱を、何としても成し遂げましょう!