yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

幸四郎がチャップリンに挑む『蝙蝠の安さん』in「十二月歌舞伎公演」@国立劇場 12月5日昼の部

かなり期待していたので、ちょっと肩透かしを喰らった感がある。でもそれは無い物ねだり。もともと木村錦花がチャップリンの『街の灯』を歌舞伎にした作品で、それを十三代目守田勘弥が演じているので、「元ネタ」が既にあった。それをそう大幅には改変できないだろうから、私が期待した斬新なネオカブキでは在りようがない。ちなみに詳しい製作陣は以下。

脚色    木村錦花

補綴    国立劇場文芸研究会

脚本考証  大野裕之

演出    大和田文雄

配役は以下。

蝙蝠の安さん     幸四郎

花売り娘お花     新悟

上総屋新兵衛     猿弥

井筒屋又三郎     廣太郎

海松杭の松さん    澤村宗之助

お花の母おさき    上村吉弥

大家勘兵衛      大谷友右衞門

なんと国立劇場のサイトが新しくなり、内容がグレードアップ。そこから以下の解説とあらすじをお借りする。また幸四郎演じる安さんの写真もお借りする。

盲目の娘に恋した貧しい男の健気な想いの行く末は……!?
幸四郎が満を持して挑む念願の“チャップリン歌舞伎”

『蝙蝠の安さん』は、数々の名作映画を世に残したチャールズ・チャップリンの代表作『街の灯(まちのひ)』を元に、劇作家の木村錦花(きむらきんか)が脚色した異色作です。主人公のキャラクターを、歌舞伎の名作『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』の蝙蝠の安五郎(やすごろう)に置き換えました。今年がチャップリン生誕130年、また、12月25日がチャップリンの命日であることに因み、昭和6年(1931)の初演以来、88年ぶりに上演します。

 

あらすじ

その日暮らしの生活を送る蝙蝠の安さんは、盲目の花売り娘・お花に出会い、一目惚れします。裕福な商人・上総屋新兵衛(かずさやしんべえ)は、妻に先立たれて絶望し、酒に酔って身投げしようとするのを安さんに止められたことで、安さんを気に入り、友人として家に迎え入れます。しかし、新兵衛には、酔いが醒めると酔っていた時の記憶を失うという悪い癖がありました。安さんは、お花の目の治療費を捻出しようと画策しますが、うまくいかず、新兵衛からお金を借ります。しかし、成り行きから泥棒と勘違いされてしまい――。

チャップリン映画の大ファンである幸四郎が、念願の蝙蝠の安さんに挑み、歌舞伎に新しい息吹を吹き込みます。

 

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もちろんタイトルから『源氏店』の蝙蝠安がチャップリンに被ってきているはずなのだけれど、こちらの安さんは心根の優しい男で、蝙蝠安とは真逆の人物。貧しい盲目の花売り娘、お花の治療代5両を身体をはって獲得、彼女に渡す自己犠牲の人。でも泥棒と勘違いされてお縄になってしまう。

その5両のおかげで目が完治したお花が花屋を営んでいる。そこに安さんがやってくるけれど、お花はその人が恩人だとは気づかない。でも菊の花を求める安さんの手に触れたとき、その人こそ恩人と気づき、動揺する。 

呆然とするお花を尻目に、安さんは菊の花を抱えてその場を立ち去って行く。対価を求めない飄々とした姿が胸を打つ。

私はこういう話はちょっと苦手。しかもチャップリンは喜劇役者なので、喜劇の中にペーソスを立ち上げるのはお手のもの。かたや幸四郎は違った文化圏の役者で、その文化圏の、つまり日本の古典を背負っている。当然喜劇の風味、感覚が違っているはず。だから最後の場面のキモである喜劇味のペーソスが出ていないように感じた。あの『東海道中膝栗毛』ではたっぷりとその味を味わわせてくれたのに。あえて齟齬感を出しているのかもしれないけれど、やっぱりそう感心しなかった。

新悟の可憐さが際立っていた。また、吉弥のうまさが光っていた。もちろん猿弥のおかしみも図抜けていた。こんな名優ぞろいなのに、もったいない。