yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『国言詢音頭(くにことばくどきおんど)』開場35周年記念文楽公演 第3部@国立文楽劇場7月31日

「五人伐り(斬り)」から想像するに、『伊勢音頭恋寝刃』と似たような演目だと予想していたのだけれど、若干違った。というのも、『伊勢音頭』の方は長いサーガの断片であるのに対し、こちらは「五人斬り」で始まり終わる。『伊勢音頭』のような物語的背景に欠ける。その点では河内音頭=浪曲が大衆演劇に入った『河内十人斬り』に近いかも。それにしても夏にこういう作品が舞台に上がるなんて、日本人も結構サド的嗜好が強いのかも。日本人というより、「ひと」にはそういうところがあるのでしょう。とても興味深い作品だった。

以下に演者一覧を。

大川の段

 語り     睦太夫

 三味線    清志郎

 

五人伐りの段

 語り     織太夫

 三味線    藤蔵

 

人形

 菊野     清十郎

 初右衛門   玉男

 仲居お岸   蓑一郎

 仁三郎    勘彌

 忠七     文哉

 大重亭主   玉誉

非常にわかりやすい筋立て。女郎に入れあげ、その女郎と間夫に裏切られた男が、復讐するという噺。ただ、復讐の舞台が堂島の新地の茶屋、男が蔵屋敷に勤める薩摩藩士だったというところに、ある種の単純明快さというか、解釈しやすさ(?)があるように思う。『伊勢音頭』のような人の根源的な性に迫る底知れない怖しさは少なめではある。初右衛門が狂ったのはあくまでも嫉妬である。それも理不尽さはあまりなく、「当然ね」と思わせるほど彼の悔しさはわかる。『伊勢音頭』の福岡貢の途中からの復讐、殺戮の意味がわからなくなるようなカゲキではない。

とはいうものの、観客—−それも今まで文楽を見たことがなかった層—−へのインパクトは凄かったようで、終演後にあちらこちらでそういう感想が聞こえてきた。

予想通り、「五人伐りの段」の語り、織太夫、三味線、藤蔵の組み合わせが最高だった。こういう世話物にあまりにもぴったりの語りと三味線だった。大満足だった。