「歌舞伎美人」から拝借した情報は以下。
四世鶴屋南北 作
武智鉄二 補綴
石川耕士 補綴・演出
市川猿翁 演出
三代猿之助四十八撰の内ここに大喜利所作事の「双面道成寺」組み込まれているとの明示も。さらに、「市川猿之助宙乗り相勤め申し候」と付け足されている。猿之助の宙乗りはこの日で千回達成。以下、配役とみどころ。
<配役>
清姫 市川 猿之助
白拍子花子実は清姫の霊
狂言師升六実は忠文の霊北白川の安珍実は文珠丸頼光 中村 勘九郎
七綾姫 中村七之助
田原藤太 中村 歌昇
能力白雲 市川 弘太郎
およし実は侍女桜木 市川 笑三郎
寂莫法印 市川 猿弥
如月尼 市川 門之助
<みどころ>
猿之助が宙を舞う! スペクタクルな演出は圧巻!
謀反の末討たれた平将門の妹、七綾姫は宇治の通円堂に匿われています。この堂守の娘清姫は、かつて出会った男を恋慕うあまり泣き焦がれて盲目となってしまいます。しかし源氏の重宝・村雨丸の威光により目が見えるようになると、思いを寄せていた男頼光と七綾姫が恋仲だったとわかり、七綾姫への嫉妬に狂って蛇体と化します。
一方、七綾姫に横恋慕したため官職を追われ落魄した藤原忠文も、二人への嫉妬心から鬼と化し、やがて忠文と清姫の霊が合体し中空へと飛び去っていきます。
所変わって近江国三井寺では、頼光が清姫や忠文の菩提を弔うため鐘を釣り上げようとすると中から寺内に匿われていた七綾姫が現れます。早速二人が祝言を上げようとするところ、白拍子花子が現れ舞を奉納します。舞を舞うにつれ、怨みの炎に燃える清姫、忠文の霊が入り込み、頼光と七綾姫を祟り殺そうとします。
奇抜さと面白さにあふれる舞台をご覧いただきます。
実は2014年10月に新橋演舞場で猿之助三役早変わりで見て、当ブログ記事にもしている。それと最も違ったのは、勘九郎が安珍、七綾姫を七之助が演じた点。以前の配役より、ずっと安定感が増した。以前の記事にも書いたけれど、猿之助自体のニンは「すさまじい嫉妬に狂う花子」といより、もっと楚々としている。その「楚々」とした感じは、今回は一層強くなったかも。その分、南北特有の気味悪さは減じた気がする。でもこれは無い物ねだり。猿之助は「猿島」を当代で最もふさわしい配役でやりたかったに違いない。はじめから終わりまで、非常に納得できる、隙のない舞台だった。
「実は誰々」が何通りも出てくる。その上それぞれの役が複雑に、時としてはクロスして絡み合う。パズルのよう。これを短い時間に客に分からせるのは無理。だから、時間に応じて見どころを重点的に繋ぎ合わせるという手法を採っている。何しろ最後の「双面道成寺」を除けば、たったの90分にまとめなくてはならないんですから。先代の猿之助は1994年公演では夜の部全部を使っていたほど。
もとの話はあの「安珍清姫伝説」なので、客は安珍への恋が破れた清姫が大蛇になり、三井寺まで彼を追いかけるという大筋は分かっている。到達点を知っているので、それでなんとか各場の辻褄合わせをしている感じ。少なくとも私はそうだった。以前に見ているのに。今も「筋書」と首っ引きでこれを書いている。
ともあれ、ハイライト部は二つ。一つ目は、頼光によって目があいた清姫が七綾姫の身代わりに死ぬことを拒否。それまでの従順さをかなぐり捨て、母の如月尼に背いて七綾姫に切り掛かる愁嘆場。その挙句、鐘にくくりつけられる序幕最終場面。二つ目は、もちろん二幕目最後の「猿之助宙乗り」。忠文と合体した清姫が悪鬼となり頼光と七綾姫を追う。ここでは大蛇ならぬ鬼の清姫が空高く飛び去ってゆく。
これで宙乗り千回達成。会場に「おめでとう!」の歓声と拍手が鳴り響いた。「双面道成寺」の終わったあと、客はなかなか立ち去らなかったけど、カーテンコールはなかった。でもこれで良かったと思う。猿之助にとってはあくまでも通過点に過ぎなかっただろうから。
今回の公演で強く感じたこと。猿之助は「南北」を極めたいんだろう。これは私の勝手な想像だけど、特に『盟三五大切』は彼が一番やりたい演目なのでは。2011年に「シアターコクーン」で、橋之助(当時)が源五兵衛役、勘九郎(当時は勘太郎)が三五郎役、菊之助が小万役で『盟三五大切』がかかっている。その2年前の2009年の新橋演舞場公演では、それぞれ、染五郎が源五兵衛、菊之助が三五郎、猿之助(当時、亀治郎)が小万だった。
来たる7月には当松竹座に、仁左衛門が源五兵衛、染五郎が三五郎、時蔵が小万で『盟三五大切』がかかる。これは三五郎を菊五郎が演じたのを除けば、2008年、歌舞伎座でのものと同じ。猿之助はちょっと口惜しい思いかも。猿之助自身が三五郎、勘九郎が源五兵衛、七之助が小万というのが、一番ぴったり来ません?なかなか組むことのなかった中村兄弟。今回の公演は将来、独自の南北作品を共同で造り上げる布石だったような気がする。