『帯屋』として知られるこの演目、「ド」が幾重にもつく上方芝居。そういえば、今回の演目構成が面白い。昼・夜ともに上方芝居が核になっている。昼は『伊勢音頭』、夜には近松の『傾城反魂香』(「吃又」)とこの『帯屋』。演者も西の成駒屋を中心にした布陣。上方芝居を江戸役者がどう「こなす」のかを、そして彼らの演技と上方役者の演技との比較を、いやが上でも観る側に求めてくる。面白い趣向。
『帯屋』の「配役」と「みどころ」を「歌舞伎美人」からお借りする。
<配役>
帯屋長右衛門 藤十郎
信濃屋娘お半/丁稚長吉 壱太郎
義母おとせ 吉弥
隠居繁斎 寿治郎
弟儀兵衛 染五郎
長右衛門女房お絹 扇雀
<みどころ>
年若い娘と出会ってしまった男が最後に下した決断
京の呉服店帯屋の主人長右衛門は、養子ながら、仲の良い妻お絹と店を切り盛りし、店は大繁盛。面白くない義母のおとせは長右衛門を追い出し、連れ子の儀兵衛とともに店を手に入れようと画策しています。ある日、伊勢詣りに出かけた長右衛門は、ひょんなことから隣家の信濃屋の娘お半と関係をもってしまい、お半は長右衛門の子供を身ごもってしまいます。おとせは連れ子の儀兵衛と共に長右衛門の弱みにつけ込もうとしますが、長右衛門はお絹の機転で難を逃れます。しかし、お半が残した書置きを読んだ長右衛門は、お半が死を覚悟していることを知り…。
運命のいたずらに翻弄されていく男を描いた上方の世話物の名作をご覧ください。
まず、冒頭の場での染五郎と吉弥のやりとりがおかしい。憎らしい義母おとせ、とにかく上手い!「この婆さん、だれ?」と訝しがっていたのだけど、演者一覧を見て吉弥とわかった。お見事です。言葉が上方言葉であることが、憎らしさに拍車をかける。
それと応対する染五郎、出しゃばらず、さりとて引っ込みもせずという呼吸で「付き合う」のがいい。この儀兵衛は難しい役。母親のおとせの演技に合わせてコテコテにしてしまうと、後の長右衛門やお絹とのやりとりが単に憎々しいだけの男になってしまう。ワルはワルでもそこは上方男。どこかにつっころばし的ヤサ男然としたところを見せないとつまらない。その絶妙のバランスを、上方出身ではない染五郎が取っているのに感心した。そヤサ男の様が「決まる」のが、丁稚長吉との口撃合戦。特に丁稚の長吉の長口上を聞く場面だった。
そして、何と言っても丁稚の長吉が文句なしの金星。もう一度見たいほどのおかしさ。これはやっぱり彼の血が成せる技なんだと感じた。お半が長右衛門に認めた手紙(フミ)の中の「長さま」を自分だと言い張る長吉。儀兵衛に「お前のような鼻垂れの前髪ものが?」と嗤われてしまう。そこから彼の反撃開始。「前髪」がいかに芝居で色事の当事者になっているかを、それぞれの芝居の振りとともに列挙する。「誰々、これ、前髪」と、長吉が挙げる前髪の色男たち。彼らと、前垂れをかけ、鼻水をすすりあげている目の前の長吉とのギャップ。長吉が演じてみせる芝居中の色男と丁稚という現実との落差からくるおかしみ。
この長吉の長口上は芝居の中に芝居があるという「入れ子」構造を魅せる場面でもある。それは中年男である長右衛門と若い娘、お半との「あやまち」が現実ではあってほしくないという、お絹の、ひいては長右衛門自身の思いも重なっていくのだろう。本来なら「前髪」こそがお半の相手に相応しい。それがひょんなことからこういう仕儀になってしまった。この長口上は歌舞伎だけのもの?そうであったら、いかにも巧妙な仕掛けを創り出していると感心してしまう。加えて悲劇の中にこういうコミックリリーフの場を入れ込む工夫も、芝居としての完成度の高さを窺わせる。
長兵衛役の藤十郎。声が小さくて心配したけれど、上方男を演じるとさすがサマになる。ただ20年前から彼の演じるつっころばしを見てきた私としては、やはり不満が残る。対する女房役の扇雀はさすがだった。お父上の補佐をしていると思われるところが随所に見られたものの、控え目でしっかり者のお絹の人となりはきちんと描けていた。
手の骨折を押して出かけた今回の遠征だったのだけど、敢行して良かった。ギブスはこの週の月曜日にやっと取れたばかり。ただ、何も防御するものがない裸の手での旅行、かなり神経を使い、15日に帰宅した後に疲れがどっと出た。とはいえ、ギブスをはめた状態では、2泊3日の遠征はやはり無理だっただろう。まだまだ元どおりではなく、要リハビリ。
この日の観劇、夜の部だけにしておいて正解だった。もっともチケットは骨折前に取っていたのだけど。一日で2本見るというのは、歌舞伎であれ能であれ、最初のものを消化しきれないうちに次の舞台を見ることになり、あまり効率的とは言えないのかも。とはいえ、歌舞伎座の昼の部を見逃したのはやっぱり残念。特に『伊勢音頭』での猿之助の万野と染五郎の貢との絡みが見れなかったこと。歌舞伎通のお友達から、猿之助が素晴らしかったと伺って、余計にその思いが募る。