このDVDは観世流、1962年に東京観世会館で採録されたもの。主たる演者は以下。
シテ 男の亡霊: 梅若六郎
ワキ 市人: 豊嶋十郎
シテの梅若六郎師は五十五世。現在の梅若六郎氏(玄祥)はその次男。先日玄祥氏の舞った「道成寺」の素晴らしさに瞠目したばかり。で、これもDVD版ではあるけれど、そのお父上の六郎師の「卒都婆小町」と「松虫」をみた。「卒都婆小町」はどうしても三島由紀夫の『近代能楽集』の「卒塔婆小町」と比べてしまう。ワキの位置の違いに三島の解釈が窺えて、興味深かった。これは別項にする。
私が衝撃を受けたのは、「松虫」。あまり動きのない「卒都婆小町」のシテの時とは違い、思いの丈を迸らせるダイナミックな舞を魅せるシテの六郎師。圧倒された。こういう風にまったく違ったタイプの舞を、いずれも極限の緊迫感で持って演じられるのは、やはり名人中の名人。名に恥じない。そのお父上の五十四世も、名人と謳われた方だったんですものね、
私のアンテナにビビッときたのが、男性二人の「友情」。シテの六郎氏がその思いの丈を語り出した瞬間、「『菊花の約』だ!」と叫んでいた。上田秋成の『雨月物語』の中の作品。私が最も好きな文芸作品の一つ。三島由紀夫は殊更にこれが好きとは言ってはいないけど(彼は好きな作品に「白峯」を挙げている)、でも間違いなく「菊花の約」に耽溺していたはず。「能松虫」でネット検索をかけると、ありました、ありました!それへの言及が!やっぱりこれは男色ですよね。男色なんていうのが薄っぺらく映るほどの男と男の愛。強い絆。私は必ずしも「腐女子」ではないけれど、こういう友情には心を奪われる。心静かに対せない。
シテの六郎師の舞に、亡き友への尽きせぬ想いと、己が霊となってもその想いが吹っ切れないジレンマが、もう言葉を超えた世界の現象として描出されていた。男二人の、あの世まで連綿と繋がる絆(bondage)。描き出すのは、ほぼ不可能。そんな世界を能は可視化するんですよね。演者の身体を通して。なんという越権。その越権を赦す技の卓越。ことばもなく、ただ画面に見入っていた。打ちのめされた。
近隣の図書館に「松虫」を収録した新潮社の『謡曲集』があったので、早速借り出した。劇中に引用されている和歌を知りたかったから。これから「勉強」する。