yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

世阿弥作、舞囃子「高砂」詞章が呼び醒ますイメージの豊饒

大連吟(観世流)の「発表会」が京都観世会館できたる26日にある。かなりサボっていたのだけれど、一念発起、10日ほど前から先生方の模範の吟唱をスマホに入れて移動中に聴いている。合わせて家でも周りの迷惑にならない程度の大声で練習している。連吟部(地謡方の部分)以外のシテの謡部分もほぼ覚えた。謡いこむほどに、その魅力に取り憑かれ、どっぷりとはまり込み、頭の中は四六時中吟唱部が鳴り響いているありさま。世阿弥作なんですよね。改めてその詞章の奥の深さ、そして何よりも美しさに圧倒されている。先生方からいただいた連吟部関連の詞章は以下。

シテ 光和らぐ西の海の  ワキ 彼処は住吉(すみのえ)
シテ 此処は高砂  ワキ 松も色添い
シテ 春も   ワキ 長閑に

〔四海波〕
四海波静かにて 國も治まる時つ風 枝をならさぬ御代なれや あいに相生の.松こそ目出たかりけれ げにや仰ぎても 事も疎かやかかる世に 住める民とて豊かなる 君の恵みぞ有難き 君の恵みぞありがたき。

〔舞囃子〕
高砂やこの浦舟に帆をあげて この浦舟に帆をあげて 月もろともに出汐の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて 早や住の江に着きにけり 早や住の江に着きにけり 

〔後シテ登場〕

我見ても久しくなりぬ住吉の 岸の姫松幾世経ぬらん 睦ましと君は知らずや瑞垣の久しき世々の神かぐら 夜の鼓の拍子を揃えて すゞしめ給え 宮つ子たち 

西の海 檍(あおき)が原の波間より 現れ出でし 神松の 春なれや 残んの雪の浅香潟 玉藻刈るなる岸陰の 松根によって腰を摩れば 千年の翠 手に満てり 梅花を折って 頭に挿せば 二月(じげん)の雪 衣に落つ。

<神舞>
有難の影向(ようごう)や 有難の影向や 月住吉の神遊 御影を拝むあらたさよ げにさまざまの舞姫の 声も澄むなり住の江の 松影も映るなる 青海波とはこれやらん 神と君との道すぐに 都の春に行くべくは それぞ還城楽の舞 さて萬歳の 小忌衣 指す腕には 悪魔を拂い おさむる手には 壽福を抱き 千秋楽は民を撫で 萬歳楽には命を延ぶ 相生の松風 颯々の声ぞ樂しむ 颯々の声ぞ樂しむ。

手許にある『謡曲百番』(新日本古典文学大系57、岩波、1998)の解説によると『古今和歌集』の「仮名序」から能『高砂』そのものの素材は採られているらしい。

私がもっとも好きな箇所は後シテ登場からの「我見ても久しくなりぬ住吉の」で始まり「二月(じげん)の雪 衣に落つ」で終わるところ。詞の響きもそうだけれど何よりもそれらの一つ一つの色彩の美しさ。そしてそれらが連なることで呼び醒まされるイメージの豊饒!和歌(うた)の世界が眼前に広がる。それも「古今集」のもの。凛と澄んでいて、しかも艶を帯びている。『和漢朗詠集』からの素材も入っているだろうと推測したらやはりそうらしい。「古今集」が編まれた頃の美学を思い返しつつ、それらを総動員して、それも神を中心に据えた君と民との宇宙を築こうとしたのだろう。

幸運なことに、youtubeに観世宗家の観世清和師が舞っておられる「舞囃子」がアップされていた。リンクしておく。素晴らしい舞。なんども見ている。

昨晩、京都観世会館で「京都能楽養成会 研究発表会」があり、その冒頭が舞囃子「高砂」となっていたので、行ってきた。シテは樹下千慧さん、ワキが岡充さんだった。お囃子方は笛が左鴻泰弘さん、小鼓が曽和鼓堂さん、大鼓が河村裕一郎さん、そして圧巻の太鼓た前川光範さんだった。地謡は大江広祐、梅田嘉宏、分林道治、河村和貴の各氏。

片山九郎右衛門師が後方座席で観ておられた。