yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『釣女』初春文楽公演@国立文楽劇場1月22日昼の部

狂言の『釣女』が歌舞伎舞踊になり、そのあとで文楽になったもの。以下がチラシにあった概要。

<大夫>
太郎冠者   津駒大夫
大名     芳穂大夫
美女     希大夫
醜女     咲甫大夫

<三味線>
團七  清丈  龍爾  燕二郎

<人形>
太郎冠者   一輔
大名     文昇
美女     紋臣
醜女     玉佳

<みどころ>
独身の大名と太郎冠者は妻を授かろうと西宮の神社に参詣し、お告げにより釣竿を得ます。大名が美女を釣り上げたのを見て、太郎冠者も釣り糸を垂らすのですが・・・・。

能、狂言作品が文楽になってから、歌舞伎にアダプトされることが多いのに、これはそれとは逆行。歌舞伎舞踊の派手な動き、滑稽な所作の工夫が、そっくりそのまま「輸入」されているので、目一杯楽しめる。

一輔さん、2012年11月の『仮名手本忠臣蔵』で小浪を遣われたのが印象に残った。それまであまり大役を務めておられなかったので、うれしい「発見」だった。今回の太郎冠者も、上手かった。狂言の動きを模しながら、もっと大仰に滑稽さを強調するのは、歌舞伎ゆずりだろう。その辺りをきちんと計算できる方なんだと思う。人形に動きを託す(つける)のは、自身がそれをするよりはるかに難しいはず。手の動き、上半身の体位、表情と、どれもが太郎冠者そのもの。子供のこころを持った、フールなんですね、太郎冠者は。虚仮にされるのも、ご愛嬌。のびのび自由に振る舞う。どこか憎めない太郎冠者。そんな太郎冠者を、一輔さんは楽しくて仕方ないってなフウで遣っておられた。

出て来る地名がまさに地元なので、親近感がハンパなかった。